絶対零度の運命論
03
膠着状態は続いていた。
氷柱を伝って滴り落ちる水の音、洞窟の中を風が走り抜ける音、群れのポケモン達がわずかに身動ぎ、唸る音――自然が生み出す音以外、何も聞こえない。
アオギリの肌がぴりぴりと痛むように感じられるのは、なにも寒さによるものだけではないのだろう。ポケモンから向けられる敵意は、人から向けられるものとはまた違う感覚だ。人からのそれは、もはやアオギリを揺らがせるに足らない。
今もなお、人が完全に支配することのできない力。自然というものが当たり前のように持つその強大な力は、否が応でも人の本能を刺激する。その一端に初めて触れたのが、この場所だった。
痛いほどの沈黙は続いている。
そして、それを難なく打ち破ってみせたのは――あの日、自然の持つ強大な力を前に身動きひとつできなかった、アオギリの声であった。
「会いたいポケモンがいるのです」
朗々と響く声であった。
それは間違っても、臨戦態勢の野生ポケモンを前に出すような声ではない。その大きな声が刺激となり、群れが襲いかかってきてもおかしくはないのだ。
それでも、アオギリはなんの躊躇いもなく声を張った。――あの日とは違うのだ。
身動きひとつで命を奪われるような、矮小な存在ではないのだと、アオギリは示さなければならなかった。今後のためにも。ここに来た目的を、達成するためにも。
声をあげた程度で襲いかかることができるほどの、弱い存在ではない。もっと注意深く観察しなければならない存在なのだと、知らしめる必要があった。
たとえ声を張り上げようと、身動ぎをしようとも――その意図を掴みとるまで、彼らは安易に動けない。言葉という細やかなコミュニケーション手段を持たないポケモンにとって、他者との戦いは、自身の死にも、仲間の死にも直結する行動なのだ。
当然、そういった細かなことを考えないポケモンも多く存在する。だが、アオギリは身をもって知っているのだ。この群れは、そこまで愚かではないのだと。
――たとえこの群れのボスが、あの日と変わっていようとも。
この群れの持つ性質そのものは、大きく変わっていない。むしろ、もっとより良い方へ向かっているとさえ、アオギリは感じていた。
(……幸運だったのだ)
思わず上がる口角もそのままに、アオギリは思う。やはりあの日、ここに流れ着いたことは、ひとつの幸運だったのだと。
己の非力さを思い知った。
――ただひたすらに、力を、強さを、追い求めた。
自然の力の強大さを知った。
――研究の中で、カイオーガという、自然の力そのものと呼べるような存在を知った。
今のアオギリを構成するもの。
その原点が、ここにあった。
だからこそ、アオギリは会いたかった。
会って、そして――手に入れたかった。
あの日、幼いアオギリをたしかに救い出した――あのタマザラシを。