幸せだって
笑って。
04
とりとめのない話をしながら、二人は街の中を歩いていた。いつの間にか家に居着いた猫の話だとか、最近よく耳にする鳥の名前についてだとか、そんな、なんでもない日常の話。
ふふふ、とユリは笑う。朝からずっと、いや兄が誕生日を祝いに来てくれると決まった日からずっと、ユリは機嫌がよかった。兄の手を握って、子供の頃のようにぶんぶんと繋いだ手を振った。そんなユリの手を兄は振りほどかず、むしろユリに合わせて振ってさえくれた。
自分は今、とても良い酔い方をしているとユリは思った。少しふわふわとする思考、しかし決してふらつくようなことはなく、アルコールの良い効果だけを享受していた。兄が酔った様子はない。兄はお酒の飲み方も飲ませ方も上手いのだった。ちょっと悔しかった。
「楽しかったか、ユリ?」
兄の問いかけに、ユリは満面の笑みを浮かべる。
「もちろんよ、兄さん。……兄さんは?」
「言わなくても分かるだろうに」
「聞きたいのよ、分かるでしょ?」
「楽しかったさ。……大きくなったなぁ、ユリ」
そう呟いて、キリコが足を止めた。数歩遅れて、ユリも足を止める。――駅に着いたのだ。
乗る路線も違えば向かう方向も違う二人は、ここで別れることになる。名残惜しいが、夢のような時間はここで終わりだった。
二人は向かい合う。別れのため、最初に動いたのは兄だった。
「誕生日おめでとう、ユリ」
言われるや否や、ユリは兄に抱きしめられていた。――兄から抱きしめられるなんていつぶりだろうと、ユリは目を丸くする。いつだって抱きしめたり抱きついたり、縋りついたりするのはユリの方で、兄はそれを受けとめる側だった。
驚きのあまり、ユリの体も思考も、石のように固まってしまった。兄に抱きしめられながらぱちぱちと瞬きをして、ゆっくりと今の状況を理解する。
そして完全に理解したとき、じわじわと心の底から湧いてくる喜びに、ユリの瞳は潤んだ。思いきり兄の体を抱きしめ返して、ふと、自身の手にバッグがないことに気付く。驚きのあまり落としてしまったかと一瞬慌てたが、すぐに思い出した。店を出たときに兄がバッグを持ってくれたのだ。だからユリは、なんの気兼ねもなく兄の手をぶんぶんと振り回せたのだ。
「ありがとう、ありがとう、兄さん。……私の買った服、ちゃんと着てね」
「ああ、もちろん」
「私にも兄さんの誕生日にプレゼント、贈らせてね」
「……善処しよう」
「うん」
約束してくれないところが、兄らしかった。
「来年は、兄さんにプレゼント買ってもらおうかな。私、わがまま言い過ぎちゃった」
「今更すぎるぞ。買わせてくれなかったことに、実はちょっと落ち込んでるんだぜ」
「ごめんなさい、兄さん。でも楽しかったから許して?」
「いいさ。お前の誕生日に、お前が幸せだったなら、どんな形でも」
最後にもう一度強く抱きしめあって、二人は離れた。キリコがユリにバッグを返し、彼女はそれを受けとる。
「それじゃあ、またね、兄さん。……来年の誕生日プレゼント、楽しみにしてるわ」
キリコは小さく微笑んで、ひらひらと手を振った。ユリは名残惜しげに兄に背を向け、改札機を通り過ぎ、もう一度兄の方を振り向いた。
「またね、兄さん!」
改札機越しに大きく手を振って叫ぶユリに、キリコは先ほどよりも少しだけ微笑みを深くする。彼は先ほどと同じように、ただひらひらと手を振っていた。