お使いの薬は
正常です。
03
あれから一週間が経った。
ドレスローザとはまるで違う気候帯も存分に楽しんだし、ファミリーの幹部たちに渡す手土産として、香水も買った。カジノで豪遊もしたし、バナナワニと触れ合ったりもした。――触れ合いっつうか、あれ普通に食い殺しにかかっていた気もするんだが、どうなんだ。鰐野郎はもてなしだとかなんとか言っていたが、どう考えても殺しに来てたろ、あの鰐ども。
……それはそれとして。
「おかしい」
「は?」
「絶対おかしい……」
睨めつけてくるクロコダイルの視線など知ったこっちゃない。おれの計画に大いなる誤算が生じていることの方が重大だ。
「効いてねェじゃねェか!」
「……テメェ、なにか盛ってやがったのか……?」
「んなこたどうでもいい!」
「よくねェが?」
この一週間、惚れ薬の効果がいつ表れるかと心待ちにしていたが、クロコダイルにはなんの変化もなかった。微塵にもなかった。
さすがに『心拍数を測らせてくれ』などと言えるはずもないので観察するほかなかったが、まるで何も変わらなかった。この一週間、観察に観察を重ねたが、絶対に普段と何も変わらなかった。
別に惚れろと言っているわけではない。もちろん、そうなってくれればおれとしては万々歳だが? 別にそういった醜態でなくてもいい。おれが薬を盛ったかもしれないという可能性に気付いたこの男が、自分が何を飲まされたのかと警戒心を露わにして睨みつけてくる、その表情を見ることができたら今回の計画は大成功だった。嫌悪感に満ちた表情なんぞは見飽きている。
この男がおれを警戒していたのは初期の頃くらいで、それからはずっと、それらしいことをしてこない。おれのすることに嫌悪感を示しはするが、そこから警戒するまでには至らない。久方ぶりにその表情を見ることができると思っていたのだが、どうやら上手くいかなかったようだ。――つまらねェ。
「はー、時間の無駄だったな」
「言うに事欠いてそれか。何を企んでやがった」
「惚れ薬」
「…………」
何を言ってるんだこいつは、という目で見られたが、そこから先の反応にもう予想がついていたおれは、クロコダイルに背を向けて部屋の窓に足をかけた。
どうせクロコダイルの奴は、『くだらねェ薬を盛りやがって』だのなんだのと叫んで“砂嵐”でも投げてくるだろう。それをおれが避けて、そのままトンズラするのが流れだ。いつも通りの、言ってしまえばありきたりの反応。見たかった反応が見られないなら、もはやこの場所に居る意味もない。
そろそろ仕事も溜まってっかな。緊急に何かあればすぐに電話するようにと伝えてあったが、特に鳴らなかったところを見るにドレスローザは今日も平和らしい。
あー、つまんねェの。
「じゃ、帰るわ。またマリージョアで会おうぜー」
「おい待て、説明していけ」
「あー? そのままだよ、惚れ薬だ。正確にはその紛い物だがな。特定の奴の前でだけ心拍数やらなんやらを爆上げさせることで、それを恋だと錯覚させるんだとよ」
「……なんだと?」
怪訝そうな顔をしながら、クロコダイルは自分の胸に右手を押し当てた。
「まァ、お前の様子を見るかぎり効果はなかったようだが? 普段と何も変わらねェじゃねェか、所詮はジョークグッズだな」
「…………」
クロコダイルは胸に手を当てたまま固まっている。なんだ、絡みにも来ねェのか。ますますつまらねェ。想像していた反応とは違うことは面白いとは思うが、求めていた反応とも違うのなら興味はない。
「あくまで規定の値にまで上げるだけのもんだから、もとからその心拍数やら血圧やらの奴には効果がねェんだろうが。お前、血圧とか低そうだもんな。この可能性がないとなれば、もう薬そのものに効果がなかったと思うしかねェよ」
あの商人、おれを相手にこんなもん握らせるたァいい度胸じゃねェか。気に入りの商人だが、だからといって舐められるのは許容範囲外だ。おれに持ってくるんだったら、ジョークグッズでも多少の効果はあるもんを持ってこい。
ファミリーにおれの足止めをお願い(とは名ばかりの脅迫だったろうが)されてなんとか絞り出した案なんだろう、だがちょいと『お話し合い』をしねェとな?
そうと決まればとっととドレスローザに帰るとしよう。
「じゃーな、鰐野郎。効果は今日中には切れると思うぜ!」
クロコダイルの返事にもはや興味がなかったおれは、窓から飛び出した。砂漠の国に雲はほとんどかからない、だが適当に家屋に糸をひっかけりゃあ港まではひとっ飛びでいける。多少家屋の破損はあるだろうが、そんなことはおれの知ったことじゃない。
最後にあいつの顔でも拝んでおこうかと気紛れをおこして振り返ってみたが、クロコダイルは伏せた顔を手で覆っていたので何も見えなかった。――おいおい、そんな呆れなくてもいいだろ、悲しいぜ?