お使いの薬は
正常です。
02
「よお!」
「帰れ、フラミンゴ野郎」
「酷くね?」
アラバスタまで船に揺られてやってきた同業者に対して、そりゃあねェだろう。せめてこっち向けよ。書類の中におれは居ねェだろが?
「呼んでねェ」
「そう言うなよ。美味い酒が手に入ったんで、お裾分けだ」
「んなもん、必要ね――」
そこでクロコダイルの言葉が途切れた。上げられた顔が驚きの形で固まっている。その視線は、おれの手元に。
どうやら一目見ただけで、おれの手にしている酒がなんなのか分かったようだ。
「……そいつは――」
「フッフッフッ! そうさ。百年に一度、たった三本しか市場に出回らない酒だよ。ツテがあってな、一本買ったんだ」
実際には三本のうちの一本を購入した奴から略奪したようなもんだが、それはここでは必要のない情報だ。
「……購入者は全員、天竜人だったと聞いているが?」
「そうだったか?」
とぼけるおれを見て色々と悟ったらしいクロコダイルは、それ以上何も言わずに視線だけを寄越して、おれに席を促した。おれが天竜人であることは知らないはずだが、明らかに触れてはならない領域の話だということは分かったらしい。
ゴミの掃き溜めのようなこの世界で唯一、存在価値があるのはこういう賢い奴らだ。嫌いじゃない。
「合う肴を作らせる」
「あー、ちょっと待て」
コックに連絡するため電伝虫を手にとったクロコダイルにストップをかける。
「おれがコックに伝えてくる」
「あ? 電伝虫で言えば――ああ、合う肴が分からねェか、さすがに」
「市場に出回らない酒だからな。酒持っていって適当に説明してくる」
出回る時期になる度に、天竜人が独占してしまう幻の酒だ。存在を知ってはいても、合う料理を作るためには情報が足りないだろう。
「ヘタなことするんじゃねェぞ」
「フッフッフッ! せっかくの美味い酒なんだ、おれだってそんな無粋な真似はしねェさ」
それに、毒殺されるようなタマじゃねェくせに。
***
「いい酒だ」
「だろ? つまみもいい味出してんな」
「下手なコックをおれが雇うわけねェだろう」
「そりゃそうだ」
――というわけで、そんな無粋な真似をしてみたわけだが。
具体的に言うと、酒の肴にあの薬を混ぜてみたわけだが。
もちろん、あいつの皿にだけ。さすがに酒に混ぜるようなことはしなかった。おれだってそれくらいの弁えはある。
元々クロコダイルは食事中にあまり話さないタイプだが、さすがに今回はそうもいかなかったようだ。いつも以上に酒を味わい、その結果、普段よりも饒舌になっている。それもそうだ、今回を逃せば死ぬまで飲めなかったはずの酒なのだ。クロコダイルだって味わいたくもなるだろう。――酒に意識を向けさせて、メインの食事から意識を逸らす作戦は大成功といっていい。
それにしても本当に美味そうに飲むな、お前。
「それで?」
「うん?」
「酒を渡しにきただけか? そこまで暇でもないだろ、お前は」
残念、暇です。珍しくこちらの様子を気遣ってくれているところ申し訳ないんですけど、暇です。今回は特に暇でした。なので貴方が薬の実験台になってます。
――などと言えるわけもないので、おれはカモフラージュのために持ってきていた情報の束をテーブルの上に置いた。肴に手をつけながらおれを見るその視線に鋭さはなく、ただ怪訝な表情をしている。――よしよし、ちゃんと食ってるな。
「なんだ、その顔は」
「あん? いつも通りのかっこいい笑顔だろうが」
「囀るな、鳥野郎」
そう言いつつも、おれが持ってきた情報が気になるのか、少しだけ食べる速度があがったクロコダイルを見て、内心ほくそ笑む。なんならクロコダイルの反応を見るかぎり、おれの顔にもこの高揚感が出てしまっているのだろう。早く食べ終えてくれれば、その分だけ早くこいつの醜態を拝める可能性も上がるってわけだ。ニヤつきもするさ。
「自分が持ってきた土産を美味そうに飲んでもらえりゃ、おれだって嬉しいさ」
「…………そうかよ」
そうして全て飲み終わり、食べ終わったあと。しばらくの間おれ達は、ビジネス談義に花を咲かせた。
王下七武海の中でも似通う部分の多いおれ達は、時折こうして意見を交わし合うことがある。ローリスクを優先するクロコダイルと、ハイリターンを優先するおれとでは方針が食い違うことがほとんどだが、これが意外と今後のビジネスに役立つのだ。聞くべきは賛同する立場の声よりも反対する立場の声であると唱えた先人は、なかなかどうして的を射ている。
一時間ほど意見を交わし合い、ひと段落ついたところで、おれは帰ることにした。先ほど飲んだアルコールも回っている頃だ、そろそろ惚れ薬の効果が表れてもいいはず。とはいっても、こいつの困惑した顔が見られるのは一週間後になるだろうが。せいぜいこの一週間、おれに会う度に混乱するといい。
「じゃ、また明日な!」
「は? ……明日?」
「おれ、一週間はアラバスタにいる予定だから」
「……そんな話は聞いてねェが?」
「今言ったしな」
「…………」
無言で“砂嵐”出そうとすんのやめろ、英雄様らしくしとけ。