お使いの薬は
 正常です。

04

「――ってことがあってな?」

 ドレスローザに帰宅した若様を出迎えた、その日の昼下がり。お土産に買ってきてくれたという香水とともに、アラバスタで過ごした一週間の出来事を若様は話してくれた。他の幹部たちも話を聞きたいと言っていたけど、各々やらなければならないことがあって、それが若様からの命令を遂行するために必要なことだったから、今ここにいるのは、彼の膝の上にいる私だけ。
 誰よりも早くこの話が聞けるのは、とても嬉しい。話を聞いたみんなと、あとでこのことについて話をするのもとても好きだけど、今だけは若様を独占したって許されるはずだ。

「楽しそうね、若様」
「ん? ……フッフッフッ、そう見えるか?」
「うん、見える」

 つまらないと嘆いてみせているけれど、その顔はどんな海賊にも見せたことがないくらいに輝いている。楽しくて楽しくてたまらないって顔だ。――そんなに、あの七武海の男はいい男なのだろうか。
 一週間もの間、当たり前のようにファミリーから若様を奪うくらいに、魅力的な男なのだろうか。
 そこまで考えて、私は小さく首を振った。――私たちは絶対の忠誠を、完全なる肯定を若様に与えた。
 そして若様は私たちに、『夢』を見せてくれる。これまでも、これからも。この関係に亀裂なんて入るわけがないのだ。そんなこと、絶対に許さない。
 たとえ、若様のお気に入りの海賊だとしても。
 今日の話を聞いて私は確信した。あの砂鰐、絶対に若様のことを狙っているんだ。
 『なにか盛っていやがったのか』ですって? 一週間もの間、不可思議に上がった心拍数に気付かなかったというの? 王下七武海に選ばれるほどの海賊が、他人からもたらされた料理を食したその日から、動悸に襲われていたはずなのに? ありえないわ、そこまでの馬鹿が王下七武海になれるわけがない。若様の目に留まるわけがない。
 じゃあ薬の効果がなかった? そんなはずない、あの商人の薬は、私たちも数人の部下を使って既に試しているもの。
 実験した結果、確かに効果はあった。恋と思い込むか否かの差はあったけど、心拍数は確実にその数値まで上昇していた。中にはクロコダイルに似た体格の男も居た、薬が効きづらい体質の男も居た。そのいずれにも効果があったことを鑑みれば、薬の効果を完全に弾いたというわけでもないはず。
 つまりあの男は、『若様に会ったとき限定で』『心拍数が不自然に上昇している状態が』『一週間も続いていたにもかかわらず』『それに全く違和感を抱かなかった』ということになる。
 明らかにおかしい。そんなことありえていいの? 若様が認めた男なのよ、いいわけがない。
 そこで、もう一つの仮説が立つ。そしてきっと、これが答えなのだ。
 最後に若様が見た、顔を伏せたクロコダイルの姿。あれは、若様の振る舞いに呆れていたのではなく、きっと――



 ねえ、若様。
 クロコダイルは、あなたと会うとき、その不自然な心拍数で居ることが当たり前だったんじゃない?
 だから惚れ薬を使っても表面上、変化はなかった。薬を使うまでもなく普段からその心拍数だから、薬を飲んだとしても変化なんてあるはずなかったの。彼がその薬を飲んでいるときの状態が、若様が見ていた『いつも』だったのよ。
 そこから導き出される答えなんてひとつでしょ?



 あの男には最大限の警戒をしてほしい。だからこの答えを伝えようと思って、若様を見上げて――
 ――私は、言おうとした言葉を呑み込んだ。

「今度は何をしてやろうか」

 若様が、それはそれは楽しそうにそう言って、これから先の彼との未来を楽しんでいるようだったから。
 若様が幸せならば、それでいいのだ。私たちの心配も何もかも、飛び越えて先に進んで道行きを照らしてくれるのが私たちの王、ドンキホーテ・ドフラミンゴという男なのだから。
 心配するという自由は与えてくれる、でも心配だからといって彼の道を遮ることはファミリーにだって許されていないことだ。若様の道は、若様にしか決められない。
 だから、若様があの男と共にあることを求めるならば、私たちは何も言わないわ。……言えないわ。
 でも、やっぱり私は。
 私は、若様をあの男に渡したくないの。
 若様の膝の上でグレープを食べる、この至福の時間。庭いっぱいに咲き誇る向日葵。仰ぎ見れば雲ひとつない快晴の空と、楽しげに笑う若様の顔。
 そうよ、やっぱり若様にはこの国がよく似合う。
 あの砂漠の国なんかよりも、ずっと。

 ――私たちの、若様なんだからね。

 何処の馬の骨ともしれない奴に、若様を渡してなるものか。
 せいぜい自分の気持ちが若様にバレたとでも勘違いしていればいいわ、このわにやろう!


お使いの薬は正常です。