お使いの薬は
 正常です。

01

「惚れ薬?」
「ええ、はい。正確には、心拍数を規定の数値まで高くすることで体を騙して、『誰かに恋している』と思い込ませるものなんですが」
「へえ……?」
「思い込みだとしても、本人が恋と思えばそれは恋でしょう? なので惚れ薬と銘打っております」

 取引成立の祝いとして設けた酒の席。
 贔屓にしている商人が、そんな言葉遊びとともにテーブルの上へと置いたのは一本の瓶だった。惚れ薬というからには派手なピンク色でもしているのかと思いきや、透明な瓶に水色の液体が入っている、妙に綺麗な代物だ。

「ジョークグッズと言われたらそれまでなんですが、プラシーボ効果というやつなのか、意外と恋が芽生えたり実ったりしておりまして」
「それを、なんだっておれに見せる?」
「……お暇かと」

 外された視線のその先に、最近妙にそわそわとしていたファミリーの姿を幻視する。――なるほど? おれが暇してどっかに遊びに行く前に何とかしろとでも言われたか。引き止めるに値する品を持ってこいと? 
 そろそろ鰐野郎のところにでも行こうと思っていたが、あいつらにはすっかりバレてやがる。……仕方ねェなァ。

「フッフッフッ! たしかに、ちょうど暇してるところだぜ。……で?」
「はい?」
「副作用はあんのか? これは」

 水色をしたその瓶を手に持って商人に買う意思を示せば、商人はあんぐりと口を開けて、瓶とおれとを交互に見た。

「……マジで?」
「フッフッフッフッ! ……お前のその正直な反応は嫌いじゃねェがな、とっとと説明しな」

 おれが気に入りの商人の粗相を許すのは一回だけだと、長くおれとの付き合いがあるこの男は分かっている。男は慌てた様子で咳払いをひとつして、一枚の紙をテーブルの上に置いた。

「こちらが取扱説明書です。全てはこれに。私からは簡単に、概要だけ説明させていただきますね」
「おう」

 そして商人が語った内容は、先ほどの説明と概ね同じものだった。
 まず、この薬におれの血液を混ぜる。次に、それを『惚れさせたい相手』に飲ませる。するとその薬を飲んだ人物は、その薬に血液を混ぜた人間――つまりはおれの前でだけ、心拍数を規定の値まで上昇させる。
 薬は無味無臭で、効果は緩やかに表れる。期間は一週間。一度だけならまだしも、二度も三度も、果ては七日間に至るまで同じような胸の高鳴りを特定の人物に対して抱けば、人間の脳は混乱し、これは恋ではないかと騙される――そんな代物だという。

「副作用としましては、血の巡りを操作するものですので、血管系に支障が出る場合がございます。高血圧の方やそれに類する持病をお持ちの方にはお使いになりませんよう、お願いいたします」
「暗殺に使えそうだなァ。……いや、軽い脅迫ぐらいにしか使えないか?」

 誰かにうつつを抜かしている姿なぞ、ばらまかれでもしたら海賊としても男としても傷が残るだろう。

「……お買い上げいただきました商品を用いて引き起こされました如何なる事案も当店は責任を負いませんのでご了承ください」
「棒読みかよ」
「……海賊の方を相手に商売していますと、どんな使われ方をするか分かりませんので……」

 『今みたいに……』という呟きは聞かなかったことにしてやろう。今のおれは気分が良い。新しいことを企んでいる時間というものは、一等楽しいのだから。

「いいだろう。買いだ」
「ありがとうございます」

 互いのグラスを鳴らして契約の成立を祝い、一気に飲み干す。その後はいつも通り、今後の取引の見通しについて話して商人を帰した。
 テーブルの上に置かれている瓶を手にとる。戯れに揺らしてやれば、ちゃぷちゃぷと涼やかな音が鳴った。

「……惚れ薬、ね」

 さて、これを誰に使ってやろうか。