死後は地獄で
死を希う
第5話
「ま、そりゃ帰るよなぁ」
荷物をまとめながらマツブサが言う。既にまとめ終えていたアオギリは、廊下からその様子を見ていた。
「オレも帰りたかったし、いやぁよかった」
うんうんと一人で頷きながらボストンバッグのチャックを閉めたマツブサに、アオギリは問いかける。
「私が残ると言ったらどうするつもりだったんですか」
「そりゃあ、オオスバメにお前の肩掴ませて駅までびゅん! ってな」
「聞いた意味あります? それ」
「ねえな」
マツブサがボストンバッグを肩にかけて立ち上がり、アオギリの横を通り過ぎていく。アオギリはざっと部屋の中を見渡して忘れた物がないか確認し、マツブサの後を追った。玄関で靴に履き替えて、二人は家の外に出る。
「物置の鍵はどこに置いておきましょうか。ポストの中?」
「あー? そこの岩陰にでも隠しとけ」
「分かりました」
「いいのかよ」
アオギリは言われた通りに岩陰に鍵を隠して、一足先に門扉から外の道へと出ていたマツブサと合流する。
「そんな呆れた顔をしなくてもいいでしょう」
「本当に隠す奴があるかよ。別にいいけど」
アオギリが道に出たことを確認して、マツブサは門扉に手をかける。そして、まるで中に何かを閉じ込めるかのように勢いよく、彼はがしゃんと門扉を閉じた。
「行こうぜ。バスが来ちまう」
「……? まだ余裕があるはずでは?」
「これを逃したら次は五時間後だぞ」
「行きましょう」
「バスも、早く着いて早く出ていくとかザラだしな」
「今すぐ行きましょう」
アオギリはマツブサの腕を引っ張りバス停へと歩き出した。急に引っ張られつんのめったマツブサが不満の声を上げるが、それを聞くアオギリではない。
昨日同様、雲ひとつない青空だった。かんかん照りの空の下、二人は人気のないだだっ広い道を歩き出す。日陰らしい日陰もない道を、少しだけ早歩きで進んでいた。
「帰りの駅で何か買っていくか?」
「名物があるんですか?」
「御守り」
「…………」
「厄祓いの御札」
「分かりました、もういいです」
昨夜の現象に見舞われた外部の人間が買い求めるのであろうことが、容易に想像ができるラインナップである。
「ちなみにちゃんと効くらしいぜ、ここの御守りは」
「……盛り塩の効果を見た今となっては、信じざるを得ませんね」
アオギリは今朝の出来事を思い出す。
結局、盛り塩の結界は一度も壊れることなく夜は開けた。傷一つ付いていない障子に目を丸くしたアオギリがマツブサにからかわれたのが、今から数時間前のことだ。
「まあ、もう使うこともねえだろ。アイツらはここから出られねえからな」
「…………」
それからしばらくの間、二人は他愛もない話をしながら道を歩いていた。道中にいくつかある家から、ちりんちりんと風鈴の音がする。二人の歩く道は水に濡れていた。おそらく家の持ち主が打ち水でもしたのだろう。
そして、そろそろ駅行きのバス停も見えてこようかという頃。道中最後の家の前を通り過ぎたときのことだった。
「おい、そこの赤い坊主」
「……ぁあ?」
背後からの呼び声に、マツブサが不愉快そうに振り返った。通り過ぎた家の門から、一人の老人がひょっこり顔を覗かせている。
「誰だアンタ」
「なんじゃ、忘れちまったんかい。ほれあれだ、お前さんがまだガキの頃に、一緒に社を燃やしたろうが?」
「……あー、あんときのおっさんかぁ」
老人の言葉に、マツブサはぱっと表情を和らげてその老人の元へ歩いていく。……なにやら不穏な単語が聞こえた気がするが、マツブサであれば然もありなん、とアオギリは思うことにした。
「昨日うるさかったろ?」
「うんにゃ、そうでもねえ。むしろ静かだったくれえだ」
「……そうか、こっちにみんな集まったのか」
「んだんだ。言っちゃ悪ぃが、久しぶりにぐっすり眠れたわい」
「そうかよ、そいつはよかったな」
「おう、よかったわ。……ところでおめえ、来年は来るのけ?」
「――いや、もう来ねえよ」
「んだら、次会うのはお互いが死んでからかの」
「…………」
「ワシも歳じゃて。……またな、坊主」
そう言って、老人は家の中へと戻っていく。その背中にひらりと手を振って、マツブサはアオギリの元へと戻ってきた。
「待たせたな」
「…………」
「……行こうぜ?」
「…………」
戻ってきたマツブサの顔を、アオギリは無言で見つめた。その顔に穴が空くほどじっと見つめ続けた。歩き出してもなお、バス停に到着してもなお見つめてくるアオギリに、マツブサはしばらくの間、無言の抵抗を試みる。
しかしアオギリがマツブサから視線を外すことはなく、それからたっぷり五分が経った頃、マツブサは居心地悪そうに口を開いた。
「……あー、はいはい、説明な。もう帰りの列車に乗ってからでいいか? どこまで話したか分からなくなる」
「……いいでしょう。ところでバスはいつ到着するんですか?」
「ん?」
「到着予定時刻です」
「…………」
そう言って、アオギリは自身の腕時計を指さす。続いて、停留所に貼られていた時刻表を指さす。腕時計が示す時刻は、確かに時刻表に記載された到着時刻と同じだった。
しかし、右を見ても左を見ても、あるべきバスの姿はない。道には視界を遮るものがなにもないため遠くまで見渡すことができるが、バスが来る気配は微塵もない。
「…………よし、賭けようぜアオギリ」
「何を」
「バスがもう出ちまったのか、まだ来てないのか」
「既にバスが出てしまった方に今日の昼食を賭けます」
「オレもそっちな気がするんだよな」
「それでは賭けになりませんよ」