死後は地獄で
死を希う
第4話
「――つまり」
アオギリは、マツブサから受けた説明を思い返しながら口を開く。
「外にいる影たちは、地縛霊のようなもので」
「おう」
「彼らはこの土地を離れたがっていて」
「おん」
「お盆の海では地獄の釜の蓋が開くから」
「ん」
「自力でこの土地から離れられない彼らは、海の匂いのする私に連れて行ってもらおうとしていると」
「そうそう。普段はそこをうろついてるだけなんだぜ、お前が来たもんで大暴れだが」
「……いい迷惑です」
「オレに言うなよ」
「貴方以外の誰に言えと」
そういうことらしかった。
地縛霊だの地獄の釜の蓋だのというものを、アオギリは信じていない。……信じてはいなかったというべきか。目の前でこうも暴れられては信じざるを得ないものである。アオギリにとっては、自分の目で見たものこそが真実だった。
(なにより、こんな細工をする必要がこの男にあるとも思えない)
マツブサから洒落にならない悪戯を仕掛けられることはこれまでにも多々あったが、そのほとんどがアオギリの表情を崩したいがためのもの。アオギリが驚くなりなんなりしたら、満足気に笑いながらタネ明かしをしてくるのが常だった。
しかし今、アオギリがひとしきり驚いた顔を見せてもなお、マツブサからのタネ明かしがない。それはつまりはそういうことなのだ。
「ちなみに、私がこの戸を開けてしまったらどうなるんです?」
「救いを求める手が四方八方から伸びてきて、お前はバラバラ死体になる」
「……昔の処刑にそんなものがありましたね……」
「最初に出てくる感想がそれかよ」
今まさに心霊現象に巻き込まれている人間たちの会話とは思えないほど穏やかに、二人の会話は進んでいく。
「こうなることは分かっていたんですね」
「おう。だがな、お前から海の匂いがするのは想定外だった」
「……ずっと聞きたかったのですが、その『海の匂い』とは一体なんです?」
アオギリは、避暑地と呼ばれた部屋での出来事を思い出していた。
あのとき、マツブサはアオギリが海に行ったことを言い当てた。ただ言い当てただけならばアクア団の活動を偵察でもしていたのだろうと思えたのだが、マツブサはその話をする前にアオギリの匂いを確かめ、そのうえで『海に行ったか』と聞いてきたのだ。
「シャワーは浴びているはずですが」
「あー、別に本当に匂いがあるわけじゃねえぞ。なんだろうな、なんつーか、感覚的にそれが近いってだけだ」
「……第六感のようなものでしょうか」
「そうなのかねえ、ゴーストタイプは専門外だ。この村に来なけりゃいいだけの話だしな」
めんどくせえよなあ、と呟いてマツブサが立ち上がる。その足はつい数十分前までマツブサ自身が眠っていた布団へと向かっていた。
大きな欠伸をひとつして、マツブサが布団の中へ潜り込んでいく。話はもう終わったと言わんばかりの行動だが、それを許すアオギリではない。
(肝心な話がまだだろう)
嘘か真か、この村で起きている現象に関する話は聞いた。それはいい。はっきり言ってどうでもいい。この村の人間が如何なる現象に巻き込まれていようともアオギリには関係のない話だ。今まさに巻き込まれている立場であることは事実だが、戸を開けないかぎり害はないというのなら、やはり今のアオギリにはどうでもいいことだ。
もっと根本的な話がまだされていないのである。……そもそもアオギリが、この現象に巻き込まれるに至った理由はなんであったか。
「――では」
「あ?」
アオギリの言葉に、仰向けになってもぞもぞと体を動かしていたマツブサがその動きを止めた。
「そう言うのであれば何故、貴方はこの村に来たんです。……墓参りという口実で、私を連れてきてまで」
「…………」
アオギリとて、まさか本当にマツブサがこの村に墓参りに来たなどとは思っていなかった。大方、そう言えばアオギリが興味を持つだろう、ついてくるだろうと考えてのことだったにちがいない。アオギリは話を聞いたときからそう思っていたし、マツブサの言葉の節々に感じとることができるこの村への嫌悪感からしても、この男がすすんでこの村に戻りたがったわけではないと思っていた。
では何故、マツブサはこの村を訪れたのか。長い沈黙の末、マツブサはゆっくりと口を開いた。
「……言っとくが、お前は別に来なくてもよかったんだぜ」
体をうつ伏せて顎の下に腕を置き、マツブサは話を続ける。
「お前が来なくてもオレは一人でここに来てたしな。まあ、お前が来たら面白え反応が見れるだろって誘っただけだ、深い意味はねえよ」
「……私はまんまと釣られたと、そう言いたいわけですか」
アオギリの反応見たさに、マツブサがアオギリをどこかに連れて行こうとすることはこれまでにもあったことだ。今回もそのひとつだと考えることもできるし、そう考える方が自然だろう。
だが、アオギリはそれを聞いても釈然としなかった。それこそ第六感のような、理屈ではないところでマツブサの行動に違和感を覚えていた。
怪訝な顔をして黙り込んでいるアオギリを、マツブサは悪戯が成功した子供のように笑いながら見ている。アオギリが違和感を覚えていることに気付いているだろうに、マツブサはそれには触れずに次の話題を切り出した。
「どうよ、オレの生まれた場所は?」
「え? ……ああ、二度と来ません」
「安心しろよ、おかげさまで廃村だ。……そりゃガキ共も出てくよなぁ」
マツブサが視線を障子へと移す。
「コイツらはここに置き去りだ。だぁれも来ねえこの場所にな」
「…………」
「オレがここに来た理由、だったか? 簡単な話だ、“これ”が今も続いてんのか確認したかっただけだよ」
マツブサは再び仰向けになって布団に横たわり、一息ついている。体の脱力具合からして、今度こそ本当に眠るつもりらしかった。マツブサは頭の下に敷いた枕を起点にぐい、と首を反らしてアオギリを見る。
「寝ないのか?」
「この音のなかで? 貴方は眠れるでしょうが、私は無理ですよ」
アオギリはもはや外の音など気にも留めていないが、さすがにこの騒がしさの中で眠ることは出来そうになかった。そしてマツブサも、アオギリがこの音の中で眠ることができるとは思っていなかったらしい。部屋の隅に置かれたまま一度も点くことのなかったテレビを指さして、マツブサが言う。
「んじゃ、普通にテレビとか見てもいいぜ。リモコンはテレビ台の中にあるから使え」
「見られるんですか、あのテレビ」
「点きはするさ、馬鹿みてえに砂嵐になるだけだよ」
「意味ないじゃないですか」
「映画とか持ってきてねえのか」
「持ってきてません。そもそもあのテレビ、ビデオテープしか入らないように見えますが?」
「あーあー、分かった分かった」
仕方ねえなぁ、とぼやいてマツブサが起き上がる。
「じゃあ酒飲もう」
「数時間前に飲み干したでしょう。主に貴方が」
「……そうだった。じゃあもう三択だ。寝るか、砂嵐見るか、外見るか」
「寝ます」
「外見てるのも悪かねえぞ、色んなバケモンがいるから案外面白いかもな?」
「寝ます」
寝ます、と重ねて呟いてアオギリも自身の布団へと潜り込んだ。外では相変わらず黒い影たちが蠢いていたが、こうなれば意地でも眠るしかないだろう。まだ朝は遠いのだ。
そうして、部屋は静まり返った。……静まり返ったのは二人だけであり、外は相変わらず騒がしいことこの上ないが、とにかく二人は静かに横たわっていた。最初こそこの音の中で眠ることなどできやしないと思っていたアオギリだったが、やはり人間は慣れる生き物である。あれほど騒がしかった外の音が、風が戸を叩くような音に聞こえ始めた頃には、アオギリもうつらうつらと船を漕ぎ始めていた。
そこに、マツブサから声がかかる。
「ところでアオギリ」
「……なんです」
「お前、明日どうする」
「明日?」
アオギリは閉じかけていた瞼を薄く開けて、内心首を傾げる。明日は特に予定らしい予定もなく、しいていうならマツブサの村観光ツアーでも開催されるのでは、などと今朝は考えていたのだが、何かあっただろうか。
「泊まんのか? このお化け屋敷に」
「……あぁ、そういえばそうですね……」
「当然、明日の夜も“こう”だぜ」
マツブサの言葉に、アオギリは当初の予定を思い出した。この家には三日間滞在するはずだったのだ。二泊三日、つまりもう一度、アオギリは“この夜”を過ごさなければならないということになる。
「ほかの宿なんてないしよ」
「…………」
「どうする?」
「………………」
どうするもこうするもなく――アオギリの答えなど決まっていた。