孤独よ目覚めろ、
あの場所で。
01
医薬品には使用期限がある。たとえモグリの医者をやっているからといって、使用期限の切れた医薬品を使うわけにはいかない。たしかそろそろ使用期限を見直さなければならない薬があったはずでは、と思い出した俺は、医薬品を保管している棚を整理していた。医薬品のラベルを確認し、廃棄するものとそうでないものとを仕分ける。
そんなときだ。長い足を組んでソファーに座っていたキリコが、声をかけてきたのは。
「その薬、捨てるの?」
「……どっちの薬だ?」
キリコは俺の右手を指差す。
「アンタが右手に持ってる方。――捨てるの?」
「そりゃあ、使用期限が過ぎてるからな。誤って投薬しようもんなら、名実ともにモグリになっちまうよ」
「じゃあ、ちょうだい」
「は?」
「それ。――捨てるなら、俺にちょうだい」
使用期限の切れた薬を何に使うつもりだ――そう問い詰めようとして、俺は開けた口を閉ざすことになった。
キリコの、その片方しかない目が、現実ではないどこか遠くを見ていると気付いてしまったからだ。こうなってしまっては、いつもの会話はのぞめない。キリコは俺を見ていないのだから。
「…………怪しいことには使うなよ」
「もちろん」
念のため、釘をさしておく。本当に念のためだ。彼は苦しみを伴う『死』を一等嫌うのだから。
求められた薬を手渡す。やはりキリコはこちらを見ておらず、手渡された薬ばかりを見ていた。……よくある痛み止めだ。
「他にもある? 捨てる薬」
「残念だが、今日の整理はこの棚までと決めているんでね。欲しけりゃ明日も来るんだな。まぁ、明日一番のフライトで日本を出ていくアンタにゃ無理な話だが」
「あらま、それは残念」
ちっとも残念そうじゃない声でキリコが言う。そしてすっくと立ち上がった。ヒラヒラと手を振って、彼は何も言わずに部屋を出ていく。遠のいていく足音、閉まる玄関の扉、エンジン音、静まり返る岬。真実、この家には俺一人になった。
背後の棚を振り返る。――本当はまだ作業を進めるつもりだったのだが、さすがにやる気が失せてしまった。
あの男があの薬に、いや――“薬”というものに、いったい何を見たのか、俺は知らない。彼もきっと、語ってはくれないのだろう。