嘘つきは
嘘をつかなかった
02
パウリーが更衣室を出ていき、しばらくしてからルッチも服を着替え終えて、扉を開けて廊下に出た。――そこに、声をかける者がいた。
「改めて思うが――大したもんじゃのォ」
更衣室の外。
扉を開けたすぐ目の前の壁に背を預けながら、カクが言う。黒いキャップを深く被りながら俯く、その口元にはわずかに笑みが浮かんでいた。
「今日の会話ひとつで、アンタが無愛想な理由も、鳩に喋らせて自分では話さない理由も――船大工たちに不審がられている、その何もかもが説明できるというわけじゃ」
会話の相手にパウリーを選んだのも良い手だったと呟き、カクは言葉を続ける。
「パウリーはあのままアイスバーグのところへ向かったわい。明日の朝、アンタが出勤する頃にはもう話は広まっとるじゃろ、上手い具合に誤魔化されてな。――アイスバーグの目も、これで少しは和らぐはずじゃ」
用心深い人じゃな――そう呟いて、カクが帽子を深く被り直す。
その腕には、黒電伝虫が乗ったブレスレットが巻かれていた。
*
アイスバーグがパウリーにルッチの面倒を見るように依頼をしたことも、依頼した理由がパウリーの考えているようなお人好しなものではないことも、二人は気付いていた。
背中に、世界政府の旗を模した傷跡を持つ男――アイスバーグが、世界政府との関係性を疑わないはずがなかった。彼が保有するとされている機密情報の内容を考えるならば、その警戒は至極当然のことである。
その目を、なんとか逸らしたい。そうしなければ、作戦の成功率は大幅に下がる。
だからルッチとカクはこうして、策を弄したのだ。わざと隙を見せ、ロブ・ルッチという人間の“人としての感情”を見せて、その様子をパウリーからアイスバーグへと報告させる。あれは情に厚い男だ、報告にはパウリー自身の感情も大いに含まれることだろう。――アイスバーグのミスは、パウリーがお人好しであったという、その一点に尽きる。
そしてその一点を理由に、ルッチの面倒を見るよう――つまりは監視をするよう――パウリーに頼んだのだから、このミスは起きるべくして起きたものだった。
*
「……手筈通り、お前も協力してくれるんだろうな?」
ハットリを介さずに、ルッチはカクに問いかける。周囲に人がいないことは、カクがルッチに話しかけてきたことから見てとれた。
「当然じゃ。アンタと話す、そのきっかけにもなるしの」
ガレーラカンパニーにおいて二人は、同時期に入社した、いわば同期という扱いを受けている。しかしそれぞれ、船大工の技術を学び師事を仰ぐ師匠が異なっていた。
そのためウォーターセブンにおいてこうして二人が話をするには、CP9の定期報告のときか、今のように密やかに行なうほかなかったのである。
それがこれを機に解消されるというのなら、カクとしては願ってもないことであった。どこかで必ず、二人は船大工として知り合わなければならない。――本来の“仕事”を実行した際の、その口裏合わせのためにも。
「それに――」
ルッチはそう呟きながら、右肩に乗るハットリに鳩豆をいくつか食べさせてやった。今回の演技に付き合ってくれた、そのボーナスだ。
「船大工として働く以上、背中の傷にはいずれ気付かれる。……だったら早々に軽く見せておいて、『触れてはならない話題』だと勘違いしてもらった方がよっぽど楽だ」
「……アンタがあれほどの演技派だとは思っとらんかったわい。心配しとったわしが馬鹿みたいじゃ」
カクは腕に巻いていたブレスレットを外し、それをルッチに向かって放り投げる。
「いざというときはこの部屋に飛び込んでやろうと屋根の上で待機しておったが、要らんお世話じゃったな」
「念には念を、だ。――今回の件には、秘書のカリファも、酒場のブルーノも関与できないからな」
放り投げられたブレスレットを難なく受けとったルッチは、それを鞄の中へと入れる。そして開けたままだった更衣室の扉を閉め、鍵をかけた。
そのまま二人は出口に向かって歩き出す。歩きながら、ルッチが口を開いた。
「今度、お前の好きな酒をブルーノの酒場に置いておくから勝手に飲んでくれ。アイツにも言っておく」
「わしは今回、何もしとらんぞ」
「お前の仕事はこれからだろうが。――明日以降、うまく周りの空気に合わせて、おれに接近しろ」
「あー、そうじゃったな。じゃあ酒はありがたくいただいておくとして――ところで、ルッチ」
「なんだ」
廊下のT字路を前にして、二人の足が同時に止まる。右に曲がれば更衣室の鍵を保管する管理人室、左に曲がれば出口である。
二人はまだ知り合ってない設定のため、同じ出口からは出られない。聞きたいことがあればここで聞くしかないので、カクは盗聴していたときからずっと気になっていたことを聞くことにした。
「さっきパウリーに話しておった、“嫌な記憶”とはなんのことじゃ? 適当についた嘘か?」
「あ? そんなもの、雑魚海賊の砲弾如きで傷を負った、昔のおれのことに決まってるだろう」
「――あァ、なるほど」
嘘つきは嘘をつかなかった
そう語った先人の言葉は正しかったのだなァと、カクは思った。