世界の終わりを
信じた馬鹿
01
――まさか、かのジャック・オー・ランタンになる日が来ようとは。
頭にはカボチャの被り物を、片手にはオレンジ色の灯火を宿すランタンを。そして右肩には、同じ格好をしたハットリを。
まるでハロウィンにはしゃぐ子供達のような格好で、ロブ・ルッチは暗闇のなか立ち尽くしていた。カボチャの被り物は、取ろうとすると首ごともげてしまいそうな感覚がしたのでやめておいた。
辺りは一面真っ暗闇。そして目の前には、怪しげな男がひとり。彼は『黄泉の国へ至る門の番人』だと名乗った。黒い外套を纏い、フードで顔の大部分を隠し、そのうえ人間の頭蓋骨を模したマスクを被る、分かりやすく怪しげな男だった。
「ここは黄泉の国とやらではないのか」
「違う。そこに行くまでの……なんだ、待合室みたいなもんだな」
「待合室……」
「ちなみになんのサービスもないぞ、普通はここに長時間留まらずに済むようなシステムがあるんだからな」
今は止まってるが、とため息混じりにぼやく門番を横目にルッチは思案する。――まさか本当に黄泉の国とやらが存在するとは。
ルッチは、麦わらの一味に生きた骸骨がいたことを思い出していた。時折、黄泉の冷気だのなんだのと話していたという報告があがっていたことも。
(……もしや、あれは本当に黄泉の……?)
死後の世界など信じていなかった生前のルッチは半信半疑だったのだが、死してなお自我を保ち続けることができるこの場所は、やはり死後の世界なのだろう。ならば、あの骸骨の言葉も嘘ではないのかもしれない。今となっては確かめようもないことだが。
「さて、とりあえず今のお前に必要な説明をしておこうか。なんでそんな姿なのか、知りたいだろう?」
無言で頷いたルッチに対して、門番はつらつらと語った。曰く、ロブ・ルッチという人間は黄泉の国へ至る門を潜れないのだそうだ。天に昇ることも、地に堕ちることもできないのだと。――嗚呼、だからこそのこの姿ということか。
「……おれの正義は、黄泉の国では認められなかったと」
己が生前に為したことを後悔する気持ちはない。誤っていたと思うこともない。悪であったなどとはさらさら思わない。しかし、この世の法が、この世の正義が通用しない黄泉の国においてはそうではなかったのだろう。
落ち込むでもなく悲しむでもなく、ただ静かにその現実を受け入れたルッチに対して、門番は首を横に振った。
「いや、そういうことではないぞ」
「……なんだと?」
ではどういうことなのだと、ルッチが問いかけるよりも先に門番が口を開いた。
「詳しい話は省くがね、今は黄泉の国がちょいと荒れてる。まァ、爆発的に死者が増えたせいで管理が間に合わない、というだけなんだが……それで、一時的に黄泉の国へと通ずる門を閉じているのさ。だが、魂というものは器がないと消滅してしまうものだ。だから仮初の“ジャック・オー・ランタン”の器を与えることで対応している。天に昇ることもできないし地に堕ちることもできないが、かわりに魂が消滅することもないのが伝承にあるジャック・オー・ランタンだからな。門が開き次第、お前もその邪魔なカボチャを取り払えるからそれまで我慢していてくれ」
「……なるほど。おれが裁かれるのはその後だと」
「そういうことだ。お前が正義でも悪でも、何者であっても黄泉の国の門は平等に開かれる。来るべき時が来たら開けてやるよ、だからそれまで大人しくしててくれ。……いや本当に大人しくしててくれ、頼むよ……」
そう言う門番の顔が一気にやつれた。骨のマスク越しにも分かるくらいげっそりとした顔になった。……海兵にも海賊にも等しく死は訪れる。大人しくしてくれない死人もきっと多かったのだろうことは想像に難くない。
しかし曲がりなりにも黄泉の国へ至る門の番人を任されているだけあって立ち直りも早いらしく、さっきまでの死にそうな顔から一転、ケロッとした顔で説明を続けた。
「あァ、そうそう。そのランタンはお前の魂の具現化だ。ちゃんと持っていてくれよ」
「割れたらどうなる?」
「どうもならん。おれの前で割れたんなら直してやれるが、そうじゃないなら諦めて消滅してくれ。……さて、説明はこれくらいか。何か聞きたいことはあるか?」
そう問われ、ルッチは特にない、と答えようとした口を閉じた。……そういえば、“あの馬鹿”はどこにいるのだろうか。
ここにいるとして、“あの馬鹿”がランタンを割らずに歩き回れるか? できるはずがない、であれば今にも消滅しかかっているのではないだろうか。――おれの、見ていないところで?
「人を探したいのだが」
「あァ、そういう話か。構わんよ、よくあることだ。どんな奴だ? 見たことがあったら教えてやる」
「紫の髪の……顔の右半分を覆うようなマスクをしている男だ。髪は短い。目元と鼻が黒い。おそらくは白いスーツを着ているだろう」
「紫髪の男? 顔を覆うマスク……。その男は最近死んだか?」
「ああ」
「そうか、であれば――」
門番が首を横に振った。
「すまないが、最近死んだ者たちはみんなカボチャを被っているんだ。首から上の身体的特徴はこちらでも把握できん、それ以外の特徴を教えてくれ」
「それ以外……」
「お前のように髪が長ければ、カボチャからはみ出ているから分かるんだが……他になにかないか? こちらとしても、黄泉の国の整備が整わんせいで迷惑をかけていることが心苦しいのだ。会いたい奴がいるなら会わせてやりたい」
「……とんでもなくドジな男だ。滑るものが床にあればまず滑るし、何もないところであっても転ぶ。ランタンは事ある毎に割れていそうだな」
「ふむ。……この何もない空間でもそんな感じだと思うか?」
「まず間違いなく」
「燃えたりしてるか?」
「燃え……それはどういう状況なんだ」
「タバコを吸おうとして、何故か着ている服を燃やすとか」
「……さすがに、そこまでではなかったはずだ」
「なるほど。……そういったタイプのドジな男で、かつ白いスーツ姿となると、ひとり心当たりがあるな」
「本当か」
「あァ」
頷く門番が嘘をついている様子はない。
「どこにいる?」
「知ってはいるが……ふむ」
しかしなにか思うところがあるのか、門番は悩む素振りを見せた。自身の顎を手でさすりながらうんうんと唸っている。
「なにか言えない理由でもあるのか?」
「ある。……大変申し訳ないのだが、おれはお前にあの男の居場所を教えてやることはできん」
「……なんだと?」
怪訝な顔をするルッチに、門番は言葉を続ける。
「あの男も人を探していたんだ。『黒髪で肩に鳩を乗せている白い服を着た男がここに来なかったか』と。これはまずお前で間違いないと見ていいだろうな。魂になってなお、ペットであろう鳩の魂まで一緒に連れてきた奴はここ最近だとお前だけだ」
「おれだったらなんだと言うんだ」
「……うむ、単刀直入に言おう。……お前の尋ね人、どうやらお前には会いたくないらしい」
「は?」
「『もしもその男がここに来て、おれの居場所を聞いてくるようなら絶対に言わないでくれ』と。そう言われて、断る理由もなかったおれは“約束”してしまったのでな」
「……は?」
ルッチのこめかみに青筋が立つ。ルッチの感情に連動するかのように、彼の持つランタンの灯火が赤く燃え上がった。ぶわりと溢れ出す殺気は、もしも“あの馬鹿”がここに居れば卒倒しかねないものだった。――この期に及んで、まだおれから逃げられると? そのおめでたい頭は死んでも治らなかったらしいな。
「そう怒るなよ、おれに怒っても意味ないぞ」
「ならばあの男の居場所を言え」
「無理だ、おれはアイツと“約束”をしているのでな」
「破れ」
「死後の世界において“約束”を破ることがどういうことなのか知らんのか」
「知らん、おれはさっき死んだばかりだぞ」
「そりゃそうだ」
分かった分かったと、ルッチを宥めすかすように呟いた門番が語るには。
神々が直接支配する領域において“約束”とは、神への誓いにほかならないのだという。約束した本人が無神論者であっても例外ではない。神のもと、交わされた“約束”が破られることなどあってはならない。もしも破られるようなことがあれば――
「天罰、というだろ? それが下される」
「するとどうなる」
「魂が消滅する。要は自我が消えるということだ。“約束”を交わしたおれやあの男はもちろん、反故を唆したお前もな。そんな状態で再会したところでなんになる? 何かを思う自我もないのに」
「…………」
「そういうわけだ。……言い訳をさせてもらうとな、あの男があんまりにもお前との再会を嫌がるものだから、てっきりなにかの事件の加害者と被害者なのかと思ってなァ……」
そういうことは往々にしてあるのだと、門番は語る。
悪気があってしたことではないのだろう。被害者と思しき男を守ろうとした、それだけのことなのだ。ルッチだってそれは分かっていた。とんだ勘違いだと、声を大にして言いたいところだが言ったところで現状が変わるわけでもない。
「大変すまないが、自力で見つけてくれ。まだ門は開かないし、死者はみなランタンを持っている。くわえてこの暗闇だ、誰かがいればすぐに分かるから――」
「世話になった」
門番の言葉を最後まで聞かないまま、ルッチは彼に背を向けた。――ここに“あの馬鹿”がいないのなら、もうこの場所に用はない。
一呼吸おいて走り出したルッチの背中に、門番が叫ぶ。
「鳩のランタン、ちゃんと見ておいてやれよ! 小さいからすぐに割れてしまうぞ!」
(言われなくとも)
死人にも体力という概念はあるのだろうか。遠のく門番の声などもはや眼中にないルッチは、ひたすらに足を動かした。行く宛てなどあるわけもなかったが、それ以外に“あの馬鹿”を見つける術などなかった。
道中、ハットリが追いつけていないようだったのでルッチは立ち止まった。シルクハットの中にハットリを収めるためだ。
シルクハットを脱ぎ、ルッチは周囲を見渡す。そこに一人と一匹が持つランタン以外の光源はなかった。――この暗闇のどこかに、“あの馬鹿”はいる。
「ハットリ。少し窮屈だが我慢してくれ」
「ぽ」
「すぐに見つかるさ」
「……くるっぽ!」
頑張れ、とでもいうようにハットリが羽を広げる。そしてルッチの頬にすりすりと擦り寄って、ハットリはルッチの頭へと飛び乗った。ハットリから小さなランタンを預かり、そっとシルクハットを被り直す。
(おれから逃げられると、本当に思っているのか)
正義の中にあって、その闇を渡り歩いてきた男から。――冥界の闇に紛れたくらいで、逃げおおせることができるとでも?
「舐められたものだな」
漏れ出る笑いもそのままに、ルッチは再び走り出した。――結局、死んでもおれたちの在り方は変わらないらしい。