絶対零度の運命論
06
あの日――
あのタマザラシが、何故アオギリを助けたのかは分からない。そもそも、助けてくれたのかどうかさえ定かではない。助けてくれたのだと、アオギリが都合よく解釈しているだけなのかもしれない。
あのタマザラシはいつものように群れのボスにじゃれついただけで、トドゼルガが意識を飛ばしたのはただの偶然かもしれない。
あるいは、あのタマザラシなりの何かしらの理由があってトドゼルガに攻撃を仕掛けた日が、たまたまあの日だったのかもしれない。
そしてそこに見慣れない存在がいたから、興味本位でべちべちと叩いた――ただ、それだけのことなのかもしれない。
しかし、アオギリはそうは思わなかった。より正確にいうならば、別にそうであっても構わなかった。
結果として、アオギリは今、たしかに生きているのだから。――あのタマザラシの行動のおかげで。
あのタマザラシが、群れのボスであるトドゼルガの意識を失わせるほどの勢いで、転がってきたおかげで。
だから、アオギリは、ここに来た。
***
「覚えているのですね、私のことを」
アオギリはそう言いながら、手にかけていたモンスターボールを投げる。中から飛び出してきたドククラゲは、既に臨戦態勢だ。
「思い出した、といった方が正しいのでしょうか。――貴方と同じように、私もあの日より強くなったのですよ」
アオギリの行動に、群れのボスたるトドゼルガがわずかに牙を剥いてみせた。――トドゼルガからの、最後の警告だ。
それでもアオギリは、ドククラゲをボールに戻すことはしなかった。あの日とは異なり、アオギリの手元にはいくつもモンスターボールがある。その中には当然、彼が選び抜いたポケモンがいる。アオギリ自身も、ここに来るまでに必要な技術を、野生ポケモンの群れと戦えるだけの知識を、そして力を手に入れている。
それらを手にしたからこそ、アオギリはこの洞窟に来たのだ。いったい何を恐れることがあろうか。
「貴方も強くなっているだろうとは思っていました。何せタマザラシの段階で、群れのボスを昏倒させるだけの力と、それを振るうための知性があったのですから。……ですが、まさか群れのボスにまでなっているとは――」
あの日のタマザラシが、今こうして、群れのボスとなるほどに強くなりアオギリと相対していること――それはアオギリにとって、嬉しい誤算だった。
(本当に……ここに来た甲斐があった)
思わず上がる口角を気取られまいと、アオギリは片手で自身の口元を隠す。しかし、野生ポケモンの危機察知能力は侮れない。
群れのボスたるトドゼルガが――あの日のタマザラシが、アオギリに向けて低く唸る。アオギリの興奮を感じ取ったのか、ドククラゲもまた、その触手を先ほどよりも激しくうねらせ、その矛先を、トドゼルガへと向けた。
知識も、技術も、地位も、力も――今後の計画を進めていくうえで必要なもののほとんどは、既に手に入れた。
それでもアオギリにはまだ、欠けているものがある。
「より強き者が、すべてを支配する。……それは人間も、そしてポケモンも変わりません」
ひとつだけ持ち歩いている、空のモンスターボール。――空白のままの、6匹目。
その空白を埋めるために、アオギリはこの洞窟に来た。
「共に戦いましょう。――私の理想を叶えるために、私は貴方が欲しい」
絶対零度の運命論