絶対零度の運命論

01

 あさせのほらあな。
 そこは、温暖なホウエン地方において数少ない、こおりタイプのポケモン達の生息地である。サメハダーをボールに戻したアオギリは、その入口に立っていた。――あの日と、まるで変わらぬその景色。
 しかし、あの日とはたしかに変わった目線の高さ。アオギリは、意図せず詰めていた息を吐き出す。そして音を出さぬようにそっと中へと歩を進めれば、途端に冷たい空気がアオギリの頬を叩いた。

「……相変わらず、寒いところですね。とてもホウエン地方とは思えない」

 あの日も、今日のような夏だった。雲ひとつない、絶好の海日和であった。
 しかし夏だとしても、この洞窟の気温はさほど上がらない。まだ中に入って間もないというのに、既にアオギリの吐く息は白かった。
 外気から隔絶された、極寒のほらあな。だからこそ、ここには数少ないこおりタイプのポケモン達が集うのだ。――アオギリはそれを、幼い頃に身をもって知っていた。
(……居るだろうか)
 あの日よりも着込んできたものの、やはり寒いものは寒い。夏だったがために半袖しか着ていなかったあの日にこの場所を訪れて、よく死ななかったものだと思う。
 来たくて来た場所ではなかった。
 あの日は、己の不運を呪いさえした。
 だが、今になって思えば――あの日、この場所を訪れることになってよかったのかもしれない。
 そうでなければ、アオギリがここに来ることなどなかっただろう。書籍などでこの場所のことを知ることはあっても、自ら足を運ぶことなど、きっとなかっただろう。そんなことは、部下に任せればいいことなのだから。
 様々な記憶が、それに付随する感情が、アオギリの脳裏をよぎる。それを振り払うように大きな息をひとつ吐いて、彼は洞窟の奥へと足を進めた。――居るだろうか。

 あの日、アオギリが出会ったポケモンは。
 あの日、アオギリの命を救ってくれたポケモンは――今も、ここに居るだろうか。



 親に連れられ、海に来ていた。
 船に乗り、きらめく水面を、その下で泳ぐポケモン達を眺めていた。
 晴れていたはずの空が曇りだした。
 港へ戻ろうとするも間に合わず、船は大波に飲まれた。
 転覆した船から投げ出された。
 まだポケモンも持っていなかった。
 幼い体ひとつでは、荒れる海の流れに抗えなかった。
 ただ流されるままに、この洞窟へと流れ着いた。
 そして、その日――アオギリはたしかに、死を覚悟したのだ。