さよならを待つ屍
01
柔らかな雪が降る、静かな冬の夜だった。
「ようこそ……ようこそ、おいでくださいました、ブラック・ジャック先生――」
プラチナブロンドの美しい女性は、アポイントもなしに屋敷へと訪れたブラック・ジャックを見て、驚きに目を見開いた。次いでそう呟いて、力なく膝から崩れ落ちる。
その瞳から、とめどない涙を流しながら。
***
「お見苦しいところを――」
プラチナブロンドの女性――ユリが、ブラック・ジャックの前に淹れたてのコーヒーを置いた。彼女の目元や頬が赤いのは、なにも暖炉の炎に照らされているからではないと、ブラック・ジャックは知っている。
「……お気になさらず。落ち着きましたか」
「はい」
ブラック・ジャックが座るソファーの、向かい側にユリが座る。彼女の前には紅茶が置かれていて、わざわざブラック・ジャックに合わせてコーヒーを挽いたのだと分かった。彼女が落ち着いたことは事実らしい。
「だが、顔色があまり良くない。それに以前お会いしたときよりもやつれている。夜分遅くに申し訳なかった、今日はもう休んで、明日またこちらにお伺いに――」
「いいえ」
ブラック・ジャックの提案を、ユリは強い口調で断った。
しかし、ブラック・ジャックは、たとえモグリであろうと医者である。顔色の悪い人間に無理をさせるわけにはいかないと、もう一度言葉を重ねようとして、彼女の瞳に息を呑んだ。
「いいえ、ブラック・ジャック先生。どうかこのまま、話をさせてください。……ブラック・ジャック先生が、この屋敷にお越しになった理由は、分かっております」
強い意志を秘めた瞳だった。
顔色は今なお悪く、やつれていることも確かだけれども、その瞳だけは昔のように強かった。――グマのとき、兄と口論していたときの、その目に似ていた。
ふぅ、とユリは自身を落ち着けるようにひとつ息を吐いて、紅茶に手をつけた。ゆっくりとそれを口に含み、彼女は手に持つティーカップに視線を落とす。ゆらめく紅茶を見つめる瞳は、逡巡するように何度も瞬いた。何かを喋ろうとして開かれた口は、すぐにまた閉じられる。
それを何度か繰り返したのち、ユリは覚悟が決まったらしい。俯かせていた顔を上げ、まっすぐにブラック・ジャックの目を見て言った。
「兄の居場所を、聞きに来られたのでしょう?」
「――……ええ。ここ数年、彼の話を聞かなかったので、何かあったのかと思いましてね。ご存知で?」
「はい。……はい、私は知っています。兄の、居場所を。今、どこにいるのかを」
「……それは――」
ブラック・ジャックは、ここに来るまでの自身の予想が裏付けられたと、確信した。――今までのキリコが、ユリに自分の居場所を率先して伝えていたとは思えない。
安楽死という稼業を行なっている手前、彼はできる限り妹であるユリを自身から遠ざけようとしていたはずだ。それほど家族であるユリを兄として、家族として想っていることは、グマのときによくよく感じていたことだった。
そうであろうにもかかわらず、ユリは兄の居場所を知っているという。まさに今、どこにいるのかを知っているのだという。それが良い意味だとは、ブラック・ジャックには思えなかった。
「先生の予想と、きっと違わないと思います」
ユリはティーカップをテーブルに置いた。まるでその動きに合わせでもしたかのように、ぱち、と、暖炉の中の薪が軽く爆ぜる音がした。
「兄は亡くなりました。――二年前に」
今は、父と母の眠る墓地で、彼らとともに眠っております。