死後は地獄で
死を希う
プロローグ
「意外と新しいんですね」
「まあ、一ヶ月前まで別の奴が住んでたからな。出てったけどよ」
「誰が住んでいたんですか?」
「親戚のさらに親戚」
「ただの他人じゃないですか……」
「そんなもんだぜ、ここは。まあ入れよ」
マツブサに促され、アオギリは横開きの戸を開けた。ジョウト地方ではないにもかかわらずその地方の文化を色濃く残した建物に人の気配はなく、静まり返る屋内では太陽の光に照らされて埃がきらきらと舞っていた。
多少の埃は覚悟していたが、まさかここまでとは。アオギリはげほげほと咳き込みながら戸を全開にして、背後にいるマツブサを振り返る。
「荷物を置く前に掃除をしませんか」
「あー、やっぱりそうなるか?」
「当たり前でしょう。掃除道具はどこに?」
「物置。……つっても、物置も埃を被ってるだろうから、まずそこの掃除からかもしれねえ」
「この際ですから全て掃除しましょう。さすがにこの空間で三日と過ごすのは耐えられません、本当にこのまま過ごすつもりだったんですか?」
「わあったよ、物置の鍵とってくるからそんな怒るなって」
そう言ってマツブサが門扉へと歩いていくので、アオギリは首を傾げながらマツブサを呼び止めた。
「どこに行くんです」
「あ? いやすぐそこ、うちのポストだよ」
「鍵を取りに行くんですよね」
「そうだが?」
「何故ポストに?」
「田舎の鍵はな、大抵ポストの中に放り込まれてるか岩陰に隠されてるもんなんだよ」
「それは貴方の家だけでは?」
「田舎のガバガバセキュリティをナメるなよ、今はそうでもねえところも多いらしいがな」
「……ああ、そういえばここの鍵も開いてましたね……」
アオギリは先ほど開けた木製の扉を振り返り、鍵穴があるであろう箇所に視線を落とす。……そもそも鍵穴と思しきものすらなかったことに気付いたが、もはや何も言うまい。
「まあ、ここにはやらかす輩もいねえから安心しろよ。そんな元気な奴が残ってんなら、廃村になんかならねえし」
錆びたポストから小さな鍵を取りだしたマツブサが、その鍵をアオギリの方へと投げる。アオギリは咄嗟にそれを受け取り、じとりとマツブサを睨めつけた。
「急に投げないでください」
「悪い悪い。その鍵、ちょっと持っててくれ。オレが持ってたら多分無くす」
「物置はどこにありますか」
「裏手。このまま左手に見える庭を突っ切って右に曲がったらすぐそこだ」
「分かりました」
アオギリが鍵をポケットにしまったのを確認して、マツブサは空を見上げた。
「それにしてもあちぃな。掃除すんのはいいけどよ、ちょっと中で涼んでからにしねえか」
ぱたぱたと服の襟元を動かして顔に風を送りながらマツブサが言う。雲に遮られることなく照りつける日差しは強烈で、しかも空の真上にあるものだからたまらない。一刻も早く涼しい場所に行きたいと思うのは当然のことである。
そんなマツブサの提案に、アオギリはにこ、と笑った。……これはよろしくない顔である。
「どこで涼むつもりですか」
「ほら、この玄関とか……」
「…………」
「埃は適当に叩いて落として……」
「…………」
アオギリはにこにこと笑う。全く笑っていない目で笑う。その瞳にははっきりと『何を言っているんだ貴様は?』と書いてあった。
「……するか、掃除」
「ええ、そうしましょう」
がくりと肩を落とし、ついでに持っていた荷物もすべて地面に落としてマツブサが物置へと向かう。マツブサの言葉を信じるならばそのまま置いていったとしても荷物が盗まれるようなことはないのだろうが、玄関の前に無造作に置かれている荷物を見ているのも落ち着かなかったアオギリはマツブサの荷物を拾い上げ、自身の荷物とともに土間に置いた。そして再び外に出て扉を閉め、マツブサの背中を追いかける。
その道中、アオギリは横目に見える建物を見上げた。今日から三日間、アオギリとマツブサが暮らす家だ。
(……ここが、マツブサの育った家)
木々の生い茂る山の中、ぽつぽつと寂れた家屋が点在する小さな村。すれ違うのは老人ばかりの、野山以外に娯楽らしい娯楽も見当たらない、絵に書いたような田舎の村。赤色と橙色を基調とした派手な掲示板と、そこに掲示されていた『廃村のお知らせ』。
季節は夏真っ盛り。俗に言う、お盆休み。
実家に墓参りに行くというマツブサから『一緒に来るか』と誘いをかけられたのが、今から一週間前のことである。