氷は溶けない、
炎は消えない。
自身の顔は、とりたてて整っているわけではない。かといって、コンプレックスを抱くほどに醜いわけでもない。特徴的だな、と思われる程度だろう。人に顔を覚えてもらうことが重要な役職に就いているということもあり、むしろ役立つことの方が多い顔立ちだった。
それでも、と影山は鏡の前に立つ。――1日の中で、一度たりとも己の顔を見ない生活など、ほとんどの人間はありえないだろう。少なくとも、日本においては。鏡を見ずとも、どこかで自身の姿を反射する何かが部屋の中にある。
影山は、自身の顔が嫌いだった。鏡や窓ガラス、己の姿を反射するそれらを見る度に、小さく奥歯を噛んでしまうことがしばしばあった。
朝の洗顔、夜の入浴。そんな、日々の中で当たり前のように鏡の前に立つ時間であればいいのだ。己の姿がそこに映ると、分かっているときは。
問題は、意図せず自身の顔を見てしまうときだ。不意打ちのように瞳に飛び込んでくるその映像は、影山にとって苦痛以外のなにものでもなかった。
似ているのだ。あの男と。
己の人生を狂わせた、あの父と、あまりにも。
鏡を叩き割りたくなる衝動をなんとか抑え、影山は冷たい水で手を洗う。 数十分前、充電が切れて暗くなった携帯電話の画面に映りこんだ、自身の間抜けな顔。
まだ家庭が平和だった頃、父が驚いたときによく見せていた顔と、そっくりだった。――ああ、携帯を充電しなければ。二度と充電を切らせることのないようにしなければと、ぐらぐら揺れる頭で考えていた。
母の笑い声に包まれながら、父のたくましい腕に抱かれていた日々。戻るはずもないそれをいっそ忘れられたら、心をそれこそ氷のように凍らせてしまえればいいのに、何かが邪魔をする。ちりちりと胸の奥底で焦げつくそれは、いつまで経っても消える気配を見せなかった。
どれだけ手を冷やしたって消えるはずもないのに、それでも執拗に洗うのは何故か。これまでたっぷりと浴びてきた、拭えない血を拭うためか。――父の手のぬくもりを、洗い流すためか。
音を立てて排水口に吸い込まれていく水をぼんやりと眺める。当然、水は透明なまま。顔をあげればどうしたって目の前には鏡がある。
それが分かっていたから、影山は顔を上げないまま鏡に背を向けた。――今度こそ、叩き割ってしまいそうだった。
氷は溶けない、炎は消えない。