青き平和の
若人たちよ
街中で、真っ白な制服を着た人達とすれ違ったとき。はて、これはどんな学校に通う人たちなのだろうと首を傾げたことを覚えている。ぴんと伸ばされた背筋と、被っているやけに立派な帽子が不思議と印象に残っていた。
どう見ても普通の学生ではない、と思い神奈川育ちの友人に聞いてみたら、どうやら彼らは大学生だという。てっきり制服を着ているから高校生くらいかと思っていたが、どうやらそれは違うらしい。確かに、高校生の制服にしては妙に仰々しいものであったように思う。
その名は防衛大学校、というそうだ。正直に言ってしまうと、地方に生まれ、仕事のためについ最近東京に引っ越してきたばかりの私にはあまりにも馴染みのない名前だった。後に調べてみれば私と同じ出身の人も居るそうだが、残念ながら周りにそんな進路を選んだ人がいなかったのだから仕方ない。そんな話が上ることすらなかったのだ。
――防衛大学校。
色々と小難しいことが紹介ページには書いてあったが、要は自衛隊のリーダー格を育成する大学らしい。
ここを卒業したら、また別の学校に進んで、そしてそこを卒業すれば、晴れて幹部として現場で働くのだという。現場経験なき幹部自衛官、ということらしい。それって一番現場に嫌われるやつでは? と思ったが、現場もそのような幹部が来るのは当たり前なので、きちんとフォローする体制があるという。そうだとしてもなかなかのプレッシャーなのではないかと、部外者ながら心配なカリキュラムだった。
調べれば調べるほど分かる、その厳しい大学生活にゾッとする。何故このような大学に彼らが進んだのかが分からない。国防だなんだと、考えたことのない人間からしてみれば、全く未知の精神構造だった。
気になったことはとことん調べる性格上、それからも何度か防衛大学校について調べてみた。どうやら志望理由のなかには、災害に見舞われたときに助けてくれた自衛隊の人々に感動して、というものもあるようだ。なるほど、それは確かに素晴らしい理由だと思う。災害に見舞われることの多いこの日本では、目指す理由にもなろう。
父が自衛官だったからとか、そういった理由もあった。幸か不幸か、身近に自衛隊の存在を感じたことのある人が志望する、そんなところだろうか。
もっと情報がほしい、もっと知りたい、こうなったら調べ尽くしてやると、いつになく知的好奇心が湧いてくる。国防に興味はない、自衛隊に助けられるような人生でもなかったが、だからといって組織そのものに興味がないわけではないのだ。
日本唯一の士官学校。響きだけでも十分に興味深いと思う。どうしてこれまで出会えなかったのだろうとさえ思う。行きたいわけではない、ただ知識欲を満たしたい。
彼らはどんな思いでその学校にいるのだろう。退校を考えはしなかったのか、あったとするなら、それでもそこに居続けるのは何故なのか、そこまでのものが、彼らの人生にはあったのか。あったのなら――それが少し、羨ましいと思った。
***
楽しみにしていた中華街での練り歩きを友人にドタキャンされ、ため息をつきながら歩く午後二時。やけくそに中華料理をかき込んで、一息つくために木陰にある公園のベンチに座った。
暑いなあと、思いながら顔を上げる。
その視線の先に、彼らはいた。
「あ……」
白い制服は、照りつける日射しを跳ね返し、目に痛いくらい輝いている。汚れのひとつも見当たらないその白は、青い空によく映えていた。――目立つ、あまりにも目立つぞ、防大生。
(……話を、してみようか)
意図せぬ邂逅に、どくどくと心臓が脈打っているのを感じる。どうしたって、インターネットや本で手に入れることのできる情報には限りがある。どの分野にも実地調査というものがあるように、実際に現場に行き、そこに生きている人々、携わっている人々に直接話を聞く重要性は、昔から言われている話だ。
人と話すことは得意ではない。そして話しかけるきっかけもない。なんなら、秋になればオープンキャンパスもあるわけで、そこで話なんかを聞くのもいいかもしれない。ここで知る必要はない。
それでも、今、聞きたい。
そう思って、立ち上がり彼らを追いかけようとした。時間はあるかと聞いて、あるなら防大について聞きたいことがあるのだと言えば、もしかしたら時間を作ってくれるかもしれない。
しかし、足はそこで止まってしまった。遠ざかる背中を、ただ見つめる。
(……いいのか)
防大への進学を考えているわけでもない、既に受験資格を失っている年齢の一般人が、彼らの時間を奪っていいものなのか。きっと彼らは、時間があるのなら答えてはくれるだろう、けれど。
いいのか。こんな私が、国防になんて微塵も興味がない、ただ知識欲を満たしたいだけの私が、彼らを引き止めてしまっても。
後ろめたい気持ちが、その場に足を縫いつける。笑いながら前へ進んでいく彼らの背中の――ああ、なんと眩しいこと。
厳しい学生生活を送っていることは、どんな資料を見ても一目瞭然だった。その中での貴重な休みの日。笑顔も出よう、はしゃぎもしよう。楽しそうな彼らの横顔は、自分にはない何かを秘めていて。
ああ、そんな人生を歩んでみたかった。誰かのために生きるのだと、胸を張って言えるような、そんな人生を。
遠ざかる彼らの姿は、いつしか雑踏に紛れて見えなくなった。追いかけようにも、もう追いかけられない。足も動いてくれない。
遠い世界の話だった。
あまりにも未知の世界だった。
私が冷たいだけなのだろうか。誰かが立ち上がってくれるなら、それでいいじゃないか。自分でなくても、誰かは必ず立ち上がり、国を守ろうとしてくれる。それなら、自分が行かなくても。
彼らはそうは思えなかったのだろう。自分の手でこの国を守るのだと、この国のために生きるのだと、思えた彼らは、何を見て、何を聞いて、ここまで生きてきたんだろうか。私にも、そう思える契機がどこかにあったんだろうか。今となってはもう分からない。
関東には、本社の応援のために一時的に引っ越してきただけ。一年もすればまた地元に戻ることになる。
一年後、私は彼らのことを覚えているだろうか。本社の仕事に忙殺されて、いつしか彼らを街で目にしたことも忘れて、そのまま地元に帰ってしまうのではないか。
そして、いつしか防衛大学校について調べたことさえも、忘れてしまうのではないか。
私はそういう人間だ。知識欲は、満たされればそれでおしまいだ。もともと、長く覚えていられるたちではないのだ。
これだけ調べても、日本を取り巻く現状を知っても、私はそこに飛び込もうとは思えないのだ。この国のために、誰かを守るためにとは、考えられない人間だ。私はそういう人間だった。
けれど、どうか。
防大、という名前くらいは、覚えていたいなあと。
あわよくば、芋づる式にでもいいから、彼らのことを思い出せたらいいなあと、思いながら私は帰路についた。
本日も晴天なり。
青き平和の若人たちよ