雨煙る夜、
最期の比べ。

 草木も眠る丑三つ時。
 静まり返る参道を、ふらふら歩く人影ひとつ。
 ぴたりとその歩みが止まり、その人影は――蘆屋道満は、空を仰いだ。
 空は厚い雲に覆われて、星はおろか月さえも見ることはかなわない。ただ雨が降りしきるばかりである。長時間、雨にさらされた彼の体は濡れそぼり、水を吸って重くなった着物は重力に従って彼の肩から落ちようとしている。既に先の術比べの影響で、着物はその役目を放棄しつつあるのだ。それを戻す気力もなければ戻す必要性も感じなかった道満は、焦点の合わない目を眼前へと戻した。
 赤い鳥居が、道満の前に立ち塞がっている。ぼんやりとそれを見つめていた彼はふと思い出した。鳥居の真ん中は、神の通り道なのだという話を。
 それがどうしたと、道満はそのまま鳥居を突っ切り境内へと歩みを進めた。これから神さえ青ざめる呪いを行使しようとする己には、もはや関係のない話ではないか。全ては、あの男を打ち負かすため。――己の存在を、あの男の中に刻み込むため。
 そのためならば、如何なる存在を敵に回すことも厭わない。邪魔立てするなら、悪鬼羅刹に魑魅魍魎、神とて喰らいつくしてやる。


***


 雨に煙る境内には、誰も居ない。
 空に輝くものも無し。ならばこの秘術、我が身さえ滅ぼすこの呪いは、奴に打ち勝つことができるだろう。
 付近一帯に結界を張り、場を清め、地に膝をつき術式を描いていく。――これから人を呪うというのに、場を清めるなど皮肉にも程がある。
 右手の人差し指と中指を立てて唇に触れ合わせ、自らで編み出した呪いを紡いでいく。湧き上がる黒い影と体を侵食していく悪しき力に顔を歪ませながらも、道満は止めなかった。結界を破りこちらへと向かう存在に気付いていたからだ。
 早く作り終えなければ。――奴との結末が不完全なものであるなど、あってはならないのだから。
 雨音に混じる足音はもう、すぐそこまで来ている。道満は振り向くことなく術式の展開を進めた。この場に訪れようとしている者が誰なのか、分からぬはずもない。


 来よ、来よ、晴明。
 拙僧を止めてみせよ。
 此度の比べが最後となろう。
 拙僧は都に仇なす者であると。
 有象無象の陰陽師の一人ではないのだと。
 他ならぬお前に、そう思われたのなら。

 拙僧の全ては、報われよう。



雨煙る夜、最期の比べ。