そして藍色は
 瞳を閉じた。

 干上がっていく海に、自分たちの勝負の行方を悟ったときには、もう人類はいなかった。滅んだのではない。膨張する太陽から逃れるため、新天地を求めこの惑星から旅立ったのだ。それを、二匹で見守った。
 人類の力――科学の枠でもって宙にさえ飛び立つことができるようになった彼らに、もはや自然の力は不要だったのだろう。海から生まれ、大地で育まれた生命は、ついぞ振り返ることなくこの星を離れた。もう二度と、彼らはこの場所には戻らない。
 それでも構わなかった。闘争本能に導かれるまま、人類のことなど我関せずと二匹で争い続けたが、だからといって人類に滅んでほしかったわけではない。多少なりとも彼らに愛着はあった。仮にも、自分たちから生まれ、そして育んだ生命なのだから。どこかで生きていれば、それでいい。
 そうして静まり返った惑星の上で、二匹はいつものように戦い、闘争本能が満たされれば眠りについた。それが終わりの日まで続くのだと、思うことができれば幸せだっただろう。

 戦いの終わりは、あっけなく訪れた。

 太陽が膨張していくなかで、水の惑星が、その名を偽りのものとしていく。減りゆく海は、すなわち海のエネルギーの減少にほかならない。
 雨が、降らなくなった。
 奴の特性さえ消えてしまった。
 それが全ての終わりだった。

 実にあっけない決着に、鳴き声のひとつもあげられず、グラードンはその場に立ちつくす。カイオーガが消滅すれば、加速度的に海は減っていくだろう。もはやそれを押し止める存在はいないのだから。
 大地に打ち上げられた藍色は、荒い呼吸のなか、じっとグラードンを見つめている。とどめをささないのかとでも言うように。
 初めて会ったときよりもくすんでしまった藍色の体を、グラードンは蹴り飛ばした。海に落ちたカイオーガには目もくれず、グラードンはその色から背を向ける。

 もうじき消える命なら、最期を迎えるのは生まれた場所がいいのだろう。奴なら海が、己ならマグマの中が。

 それくらいの情けを、かけるくらいには特別だった。
 ぱしゃんと、軽い音が背後で響く。カイオーガが海面を叩いた音だ、数十億年の生のなか、何度も聞いた音だった。
 いつもと違うのは、その音があまりにも弱々しいこと。津波も呼べないその動きは、僅かに海面を揺らし、グラードンの足の一部を濡らすにとどまった。濡れる前に蒸発させることもできた、それをしないのは、これが最後の時間だと分かっているからだ。


***


 グラードンに海水を浴びせるという役目を果たした己の鰭に、カイオーガはよくやったと内心声をかけてやる。そうして、まるでやるべきことは全てやったのだとでもいうように、自身の体が少しずつ海水に溶けていくのをカイオーガは確かに見た。――ここまでだった。
 小さくあげた鳴き声は、餞別の言葉。これから先、数億年を孤独に生きる宿敵への、手向けの言葉。
 グラードンは振り返らない。それに腹が立って、ばちゃばちゃとさらに鰭を動かそうとして、もはやその鰭すら溶けてしまったことを知る。――ああ、少し遅かった。

 生まれて此方、数十億年。自身の体が原初の海より形作られた頃から共にいた存在を残して、自分は消える。その後の孤独を、全て目の前の存在に押し付けて、自分は先に消えるのだ。
 溶けゆく体に痛みはない。ただ、ひどく、眠い。
 どうしたって抗えないそれに、自然と瞳が閉じていく。鮮烈な赤色が、生まれた時から当たり前のようにあったその色が、視界から失われていく。それが少し、恐ろしいことのように思う。――グラードンは振り返らない。
 けっして、振り返らなかったが。


「―――!!」


 それは、咆哮だった。
 世界中の大地を揺るがすような、そんな咆哮だった。
 何度も何度も、グラードンが吼える。空に向かって叫んでいる。怒りではない、憎しみでもない。

 ただひたすらに嘆き悲しむその叫びが、グラードンからの別れの言葉だった。ばたばたと、咆哮に合わせて大地に落ちるマグマの意味を、カイオーガは知っている。


そして藍色は瞳を閉じた。