最低で最高な
きみのこと

「こんにちは、マツブサ。詳細は省きますがとりあえず家に入れなさい」

 菓子折りは持ってきましたよ、フエンせんべいの詰め合わせです。
 そう言って、アオギリはマツブサを横に追いやり家の中へと入ろうとする。唐突な来訪に唖然としていたマツブサは、ワンテンポ遅れて口を開いた。

「フエンせんべいの詰め合わせってなんだよ」
「味は一択です」
「詰め合わせってなんだよ……?」


***


「それにしても――」

 アオギリがぐるりと部屋を見渡した。

「廃墟に居を構えるとは」

 マツブサの隠れ家。それは町外れの山にある廃墟だった。かつてはさぞや美しい豪邸であったのだろうが、今では見る影もない。鬱蒼と生い茂る木々に隠れるように建っていたそれは、意図的に道を誤らなければ辿り着けないような奥地にあった。
 マツブサの隠れ家はこの場所以外にもいくつかあることは調査済みである。そして、マツブサが好んでこの廃墟を利用することもまた調査済みであった。

「なにかと都合がいいもんで。時々クソガキどもが荒らしに来るけどよ、雨風凌げりゃそれでいいからな」
「お気の毒に」
「おう、寝てるときにクソガキどもがな――……おいお前、今のそれどっちに言った?」
「ご想像におまかせします」
「絶対ガキどもに言ったよな? お気の毒なのは生活の邪魔されるオレの方だろが」
「ではその荒らしに来る子供たちにあなたは何をするんです?」
「そりゃコテンパンにするさ。虫の居所が悪けりゃリーダー格は病院送りか土の下」
「お気の毒に」
「思ってもねえことをよくもまあ……いや、もういいや。――それで?」

 ばりばりとフエンせんべいを齧りながらマツブサはアオギリに問いかける。

「なんの用だよ。まさか遊びに来たわけじゃねえだろ?」

 野山を駆け回ることを好まないアオギリが、ぺリッパーに乗っているとはいえわざわざこんな山奥に来たということはなにか理由があるに違いない。マツブサは当初、そう考えていた。
 しかし、どうもそうではないようである。

「? 用がなければ来てはいけませんか」
「いや、別に好きにすりゃいいが……え、お前、本当になんの用もないのか?」
「ありませんよ」
「そいつはまた……どういう風の吹き回しだ?」
「どうもこうも……あなたがいつもしていることでしょう。少しは私の不審感を理解していただけたようでなによりです」

 そう言ってアオギリもフエンせんべいに手をつける。

「これに懲りたら私の家には来ないことです」
「じゃあお前も分かったろ? 嫌がらせは楽しいってよ」
「…………」

 にやにやと笑うマツブサに、アオギリは苦虫を噛み潰したような顔をした。アオギリの口に含まれていたフエンせんべいがバリ、という音を立てて砕かれる。

「まー、せっかく来たんだ。ゆっくりしてけよ。酒も出せねえ廃墟だけどな!」


***


 二人で食べていたフエンせんべいも、残りあとひとつとなった。マツブサは躊躇いなくそのひとつを手に取り、それに齧り付く。

「……ん?」

 マツブサは首を傾げて、手に残ったフエンせんべいを見た。先ほどまで食べていた他のせんべいと味が違うことに気付いたからだ。ぴり、と舌に走る刺激に、マツブサは覚えがあった。
(あー、そういや限定味が出たんだったか……確かホムラがくれたなぁ)
 一ヶ月ほど前、フエンタウンの温泉に行ってきたというホムラから土産としてフエンせんべいをもらったのだ。そのとき、これとよく似た味を食べた記憶がある。……しかし、『よく似た味』であって『同じ味』ではない。
(んー……?)

「では、私はこれでお暇を」

 マツブサが首を傾げていることにも構わず、アオギリは立ち上がる。そしてモンスターボールからぺリッパーを出してその背中に乗ろうとしているところで、マツブサはアオギリを呼び止めた。

「おーい、このせんべいだけ味違ぇんだけど?」
「詰め合わせだと言ったでしょう」
「一択っつってたじゃねえか」
「まさか敵の言うことを信じたので?」
「敵ならこんなとこに一人で乗り込んでくんな。……ああ、うん、言いたいことはわかるぜ、オレもな、オレもだよな。ごもっともです、はい」
「言いたいことはそれだけですか? では私はこれで――」
「ああ、待て待て、まだ話は終わってねえ。詰め合わせっつってもよ、味違うの一個だけじゃねえか」
「私がいくつか同じ味のものを食べているので、厳密にいうとそれひとつではありませんよ。以前の限定味のリニューアル版だそうです。似てましたか?」
「あ? まぁ、前のやつよりは辛くなってんな。――……ん?」

 前に食べた限定味の風味を思い出しながらマツブサは答えたが、そこでふと、おかしな点に気付いた。

「オレ、あれ食ったことお前に言ったことあったか?」
「私の家に転がり込んで来たときにあなたが言ってましたよ」
「そうだったか……?」
「酔っ払いの記憶ほど当てにならないものはありませんよ、諦めなさい」
「んー、そりゃあそうだろうけどよ……」

 確かに酔っ払っている時の記憶の大半はなくなっていることが多く、その時に言ったというのであればマツブサに確認する術はない。
 だが、ただひとつ、酔っているときでもマツブサが絶対に口に上らせない『話題』がある。――ここ最近のフエンせんべいに絡む話は、その『話題』に引っかかるはずなのだが……?
 マツブサは眉をひそめてアオギリを見る。……やはりこの男、なにかの目的があってここに来たのだ。“この”フエンせんべいをわざわざ持ってきたのだから、むしろ目的がない方がおかしい。

「ああ、そうです。伝え忘れたことが」

 アオギリはぺリッパーの背中に乗り、朽ち果てたベランダから外に出る。そして割れた窓ガラスの先、廃墟の外からアオギリは言った。

「お誕生日おめでとうございます。――それでは」
「……ぁあ? おい待てお前――」

 マツブサの言葉を遮るように、ぺリッパーが大きくひと鳴きした。そしてその翼を羽ばたかせ、ぺリッパーはアオギリを乗せたまま急上昇する。マツブサが窓から外に顔をのぞかせた時には既にその姿は小さくなっており、叫んだところでおそらくは届かないだろう。そして届いたところで彼らは降りてはこないだろう。――マツブサは、アオギリの最後の言葉を思い返す。

『お誕生日おめでとうございます』

(……どこで仕入れやがった)
 それは三頭火でさえ知りえない情報である。――ああ、やはりそうだ。
 あのアオギリがなんの理由もなく乗り込んでくるはずがなかったのだ。
 アオギリがこの隠された拠点に堂々と足を踏み入れたのも、祝いの品だとフエンせんべいを持ってきたのも。そもそも祝いの品としてフエンせんべいを選んだことにも、すべてに意味はあったのだ。
 すべて、マツブサに関する情報は調査済みだというアオギリからの挑発なのだ、これは。そしてわざわざ、リーダー直々にそれを伝えにきたのなら、おそらくは既にマツブサの過去も、ホウエン中に散らばる隠れ家もすべて暴かれている。
 そしてマグマ団の直近の作戦も把握されているのだろう。ホムラがフエンタウンに向かったことは、マグマ団の作戦の一環だったのだから。その帰りにホムラが土産として買ってきたのが、あの限定味のフエンせんべいだったのだ。『お前たちの作戦は筒抜けだ』と示すために、わざわざ買いに行ったのだろう。
(オレの身辺を洗ったってなーんも出てきやしねえのに、なんつーか、律儀な奴だな……)
 それか、牽制か。
 アクア団の持つ力の誇示、ひいてはアオギリ自身の能力の誇示。
 お前のことを調べることなど容易いのだという、分かりやすいマウンティング。

「――こいつは、ちょいとかましてやらねえとなぁ……」

 マグマ団頭領として――なによりもマツブサという一人の人間として、このまま舐められっぱなしではいられまい。

「さぁて――どうしてやろうかねえ」

 舌なめずりをひとつして、マツブサは抜けるような青空を見上げた。


最低で最高なきみのこと