大晦日

 気がつけば、年の暮れもいいところの大晦日であった。
 マツブサは勝手に上がり込んだアオギリの家で、ゆるゆると酒を飲んでいる。自前で持ってきた酒はとうの昔に空っぽになり、今はアオギリ秘蔵の酒をちょろまかしている。
 帰宅したらさぞや怒られることだろうが、局長という表の顔があるアオギリは、年末年始の特番のためにここ数日は帰ってくることができないのだ。その間にご機嫌とりの方策でも練ればいいだろう、練れなければそのときはそのときだ。たかがこの程度のことで殺し合いになどなるはずもないのだから、気を楽にしていればいい。結局、こういったときのあの男はマツブサのことを許すのだし。
 グラスの中にある酒を一気に煽り、マツブサは暇つぶしにとテレビの電源をつけた。チャンネルを一つ一つ回していったが、特に面白いものもなかったので適当にチャンネルを回す手を止める。どうやら、一年を振り返る番組らしい。
(早ぇもんだなぁ)
 そういえば去年もこの家で年を越したのだったと、マツブサは思い出す。しかしあの時はまだ、アオギリは局長ではなかったはずである。だから無断で乗り込んできたマツブサに文句を言いながらも、あの男はこの家に居た。そしてなんだかんだと、2人分の年越しそばなりおせちなりを準備しているのだ。
(あいつもあいつで、オレが来ることを待ってんじゃねえの?)
 その考えに間違いはないだろうと、マツブサは半ば確信さえしている。あの男が本当に嫌だと思うなら、マツブサがこの家に居ることを許すはずがないのだから。

「今回は、おせちも年越しそばもなしか」

 冷蔵庫の中には、一般的な作り置きは保存されていたものの、正月らしいものはひとつもなかった。唯一、酒を保存してある棚に金箔の入った清酒が新たに追加されていたくらいだった。
(美味かったんだよなぁ、特におせち)
 去年たらふく味わったそれらをしみじみと思い出す。今年の年末も食べられるだろうと、去年の今頃は思っていたのだ。それがまさか、アオギリがテレビ局の局長になるとは。自然保護団体の顔も持ち合わせているあの男、あといくつの顔を持てば安心するのだろう。
(何を生き急いでんだか)
 伝説に語られる二匹のポケモン。その存在を追い求めるのならば、急いだって仕方ないだろうに。時が満ちるのを待てばいいのだ、どれだけアオギリやマツブサが焦ろうと、あのポケモン達が目の前に突然現れてくれるわけでもない。

「つっても、先越されるのはやべえんだよな」

 二匹のポケモンの力が伝承通り互角ならば、先に目覚めた方が有利だ。そして場の有利というものは、そのまま勝敗にも直結しかねない。だからアオギリは焦っている。情報を集め、行動するための資金を集め、得意でもない笑顔を振りまき、二つ三つも顔を準備している。
 マツブサとて行動はしているのだ。アオギリが表の顔を用意してそこから情報と資金を得ようとするならば、マツブサは徹底的に裏で行動をする。裏の世界で名前と顔が通っていれば、アオギリがまだ入手していないであろう情報も自ずと集まってくる。
 それでもなお、あのポケモンは見つからない。アクア団も同じ状態なのは分かっている、だからアオギリの焦る気持ちもマツブサには分かるのだ。分かるのだが、焦ったところでどうにもならないだろうとも思うのだ。

「ま、果報は寝て待てって言うし、もう寝るかぁ……」

 テレビの中の人々が、来たる新年を心待ちにしている様子が報じられている。新年が近づくにつれ高まっていく彼らの感情とは対称的に、マツブサは大きく欠伸をした。良い感じに酒も回り、このまま眠れば明日の昼まではぐっすり眠れるだろう。
 総帥であるアオギリが局長として忙しく働いているのだ、どうせこの年末年始はアクア団の活動も縮小しているだろう。ならばマグマ団として焦ることなど何もないのである。寝よう寝よう、寝てしまえ。
 美味いおせちも年越しそばも、餅もみかんも無いうえに、あの男まで居ないのならば酒を飲んで寝てしまえ。こんなつまらない時間など。
(来年はあいつと酒飲めっかなー。そん時には局長やめてたりしてな)
 そこまで考えて、マツブサは己の思考を自嘲した。――来年は、などと、まるで来年も伝説のポケモンが見つからないと諦めているようではないか。

「……まあ、いいか」

(来年も見つからなかったら、あいつとヤケ酒でもすりゃいいさ)
 高い声でカウントダウンを始めたテレビの電源を切り、部屋の電気を消してマツブサはソファーに横たわった。来年こそは見つけられるだろう。――もし見つからなかったとしても、あの男と酒を飲むのなら、まあ悪い年越しではないはずだから。


大晦日