とにもかくにも
命が足りない!
(勘弁してくれ……!)
ガタガタと揺れる車内でマツブサは機を窺った。こんな車、今すぐにでもオオスバメに乗って飛び出してしまいたいがそうもいかない。車内はオオスバメを出すには狭すぎるし、よしんば出せたとして、オオスバメの大きさでは車の窓からは出られない。しかしながら扉を開けて飛び出すには、隣を走る車との距離が近すぎる。
そしてなによりも、アオギリの運転の仕方に問題がある。曲がり角は急に曲がるわスピードは法定速度ギリギリだわ、とにかくマツブサを逃がさないように走っている。意図的なものであることはわかっていた、運転席のアオギリが鼻歌を歌いだしそうなほどに上機嫌だからだ。
(コイツ……! 初めて運転してるくせになに遊んでやがる!)
数十分前、運転免許を取得したと言うアオギリに『運転してみろよ、隣でナビしてやるから』などと抜かした自分をマツブサは心の底から恨んだ。もはや後の祭りである。
『初めての運転ともなればあのアオギリでも多少は表情が強ばったりするだろ』くらいの軽い気持ちだったのだ、まさか初っ端からこんなに遊び出すとは思わなかったのだ。マツブサでさえ、初めての運転は多少なりとも緊張したのである。――主に『感情に任せて人を轢いてしまわないか』という点において、だが。
そしてこういうときに限って車は信号に引っ掛からない。止まる様子も見せないまま、アオギリの運転する車は高速道路へと繋がるインターチェンジへと向かっていた。――待て、高速道路?
「おい! お前どこ行く気だ!」
「海の見える場所まで行こうと思いまして」
「目的地の話じゃねえ! お前、高速に乗るつもりか!?」
「当たり前でしょう、高速道路に乗らないと海まで行けませんよ」
何を馬鹿なことを、と言ってアオギリはなんの躊躇いもなくインターチェンジへと向かっている。
(馬鹿なこと言ってんのはお前だ! このっ……この馬鹿!)
まともな罵倒さえ出てこない。法定速度60キロメートルでこの運転の荒さなのだ、法定速度100キロメートルでの走行が許可されている高速道路での運転など、さすがのマツブサでも許容できなかった。
なんとかしてアオギリの運転を止められないかと考えていたマツブサだったが、ふと別の発想に思い至る。
(しめた! これで降りられる!)
インターチェンジを通過する際は、嫌でも速度を落とす必要がある。さすがのアオギリもゲートを吹っ飛ばすことはしないだろう。いや、減速をミスしてぶつかることくらいはあるかもしれないが、そう思わせる運転を先ほどからマツブサは見せられ続けているわけだが、要はその一瞬の隙に飛び出してしまえばこちらのものだ。その隙をついてここから飛び出すことくらい、マツブサにとっては造作もない。
マツブサはドアにかけられていたロックを外し、早急に外に出る準備を進めた。――こんな車に乗っていられるか、オレはこの車を降りるぞ!
そう意気込んでマツブサはドアに手をかけた。しかし、マツブサがドアを開けるよりも一瞬早く、マツブサにとって聞こえてはいけない音が車内に響く。――がちゃん。
「は?」
音がした方を向けば、開けたはずのロックが閉まっている。マツブサはもう一度、扉のロックを解除する。
――がちゃん。
「お前!」
「逃がしませんよ」
運転席に座るアオギリが、助手席側のドアをロックし続けていた。解錠、施錠、解錠、施錠。いたちごっこである。
「一人で高速道路に乗るのは怖くてですね」
「なーに可愛らしいこと言ってんだ、こんな運転しといてよ! つーか教習所で練習したろ!」
「シミュレーションゲームでした」
「は?」
「近くに高速道路がなかったので」
「……あっ、そういやオレんとこもそうだった……」
近くに高速道路がない教習所がその教習をシミュレーションで補うことはよくある話である。だが、今回に至っては本当に教習所で練習しておいてほしかった。
(そしたら絶対に運転免許とれなかったろコイツ! そもそもこの運転の荒さでなんで免許取れたんだよ!)
そうこうしているうちに、車はインターチェンジへと到着する。マツブサにとっては『到着してしまった』という方が正しい。懸念していたゲートへの衝突はなかったが、やはり急ブレーキであった。なぜ毎度毎度、車体が大きく揺れるのか。
「ブレーキだけはうまくいかないんですよね」
「ブレーキ以外は上手くいってると思ってんのか? 正気か?」
「他になにかあります?」
「色々あるがな、とりあえず同乗者への思いやりがねえ」
「教習所で習いませんでした」
「誰だよ、コイツに免許持たせた奴!」
「基本的にはわざとですから問題ありません」
「遊びでドリフト紛いをかましたり法定速度ギリギリで走っといて? 『問題がない』?」
「問題ありません」
「言いきりやがった」
マツブサが喚いているうちにも当然、車は進んでいる。とうとう車は無事にインターチェンジを通過してしまい、アオギリの運転する車は緩やかな坂道を上っていった。
そして高速道路一つ目の難関であろう加速車線からの合流を目の前にマツブサは息を詰めたが、これをアオギリは難なくクリアした。……なぜこれはできるのに、ブレーキ操作の一つも満足にできないのだ、このアオギリという男は。
「加速するのは得意ですよ」
「減速も得意になってくれ……」
とにもかくにも命が足りない!