きっと
どうでもいい話
きゃあきゃあと騒ぐ子供の声が公園に響く。いつもよりも交通量の多い道路に、時折響くクラクション。
休日の昼間ということもあってそれらの音はさらに大きく、言ってしまえばうるさいのだが、マツブサは致し方なくその公園にほど近い場所にある時計台の前に立っていた。……アオギリから『道路が渋滞しているため遅れる』との連絡があったのが、今から三十分ほど前のことである。
近くにマツブサのお気に召すような店はなく、そしてわざわざそんな店にお金を払ってまで入るはずもなく。
手持ち無沙汰になったマツブサは、あまりにも場違いなこの場所でぼんやりと、公園の中を走り回る子供たちを眺めていた。――マツブサの視線の先、赤い髪の少年が、ほかの子供たちと楽しげに遊んでいた。
赤い髪といっても、マツブサのような深紅の髪ではなく夕日のような朱色の髪だ。数人の友達とキャッチボールをしているようで、朱色の少年が投げたボールがまっすぐに、彼の向かいにいた子供の元へと飛んでいく。
そして朱色の少年に投げ返されたボールが、大きく弧を描き少年の頭上高くを飛び越えていった。ボールを追いかける少年の背中にかけられる言葉は、『ごめんね』というありきたりなもの。ボールに追いつき振り返った少年が、その言葉に『いいよ』と笑い返している。
ボールを持って子供たちの元へと駆けていく朱色の少年の背を、マツブサはじっと見つめていた。――その背中に、重ならない影を見ていた。
あの頃。――まだマツブサが子供であった頃。
自分のような髪色をした子供の居場所は、公園の中ではなくその外に、薄暗い路地裏にあったというのに。
「変わったなぁ……」
「何がです?」
「うおっ」
背後からの声に、マツブサは咄嗟にその場から飛び退いた。……この男の気配に気付かなかったのはいつぶりだろうか。
「アオギリ。……お前、いつからいた?」
「? 今着いたところですが」
「…それならいいけどよ」
聞かれていないのなら、見られていないのならばそれでいい。
「珍しいですね、あなたが私に気付かないなんて」
「オレだって考え事のひとつやふたつ、するんだよ」
「……今夜飲むお酒の種類とかですか?」
「真剣な顔して言われると結構腹立つんだぜ、それ……」
アオギリの車は少し離れたところに停めてあるらしく、二人はとりとめのない話をしながらその場所へと向かった。しばらくして見えてきたアオギリの車に、マツブサは目を細める。――いっつもピカピカだよな、こいつの車。眩しいったらありゃしねえ。
車に乗りこみ扉を閉めれば、あれほどうるさかった喧騒は一気に遠のいた。走り出す車が公園の前を通ったが、当然のことながら朱色の少年の声はもう聞こえない。持ち前の動体視力でかろうじて見えたその表情は、やはり楽しげなものだった。
「なあ」
窓の外を――窓に映る自身の顔を見つめながらマツブサはアオギリに呼びかける。
「なんです」
「どう思う?」
「何をです」
「オレの髪」
「……突然ですね」
「まあまあ、いいから」
交差点の信号が青から赤へと変わり、それに合わせて車が緩やかに止まった。そしてアオギリは、助手席に座るマツブサの頭の天辺から足の爪先までをざっと見たあと、視線をマツブサの髪に戻し、そして口を開く。
「はあ。……赤いですね」
「それだけか?」
「他に何が?」
「そうか」
「不満ですか」
「いいや?」
充分だった。
マツブサにはそれ以上の言葉などいらないのだ。たとえ賛美の声であろうとも、マツブサはそれを鬱陶しいとさえ思うのだから。
「んじゃまあ、着いたら起こしてくれ」
満足のいく答えが得られたところで、マツブサは背もたれを倒して横になり、アオギリに背を向けた。背後から聞こえるため息は、アオギリの心境を雄弁に語っている。
「よく敵の前で寝ようと思いますね」
「同じ車に乗ってる時点で今更だろ」
それはそうですが、とぼやいたものの、アオギリも特にその点は気にしていなかったらしく、それ以上彼からの反論はなかった。
信号が青に変わり、再び車が動き出す。右に左にと曲がりながら先に進んでいくその運転が、先ほどよりも少しだけ静かになっていることにマツブサは気付いていた。
「なあ」
「なんです」
「普段からこれくらいの運転にしろよな」
「……寝るなら早く寝なさい」
「はあい」
子供のように返事をすれば、アオギリが再びため息を吐いた。
「そんなにため息吐くと幸せが逃げるぞ」
「その程度で逃げる幸せなどいりません」
それからしばらくの間、沈黙が続いた。ほどよい揺れと、窓から入り込む陽の光、そして一定温度に保たれた車内。眠気を誘うには十分すぎるそれらに抗うことなくマツブサはまどろみ、そしてそのまま眠りにおちた。
***
「マツブサ。……寝ましたか」
アオギリが声をかけても、マツブサからの反応はなかった。寝たフリというわけでもないようで、どうやら本当に眠ってしまったらしい。
目的地はまだ遠く、このあたりで一度休憩を挟んだ方がいいと判断したアオギリは、近くのパーキングエリアに車を停めた。水を飲んで一息つき、シートに大きく体を預ける。そして助手席に視線を向ければ、まず目に付くのは男の赤い髪だった。
「…………」
おもむろにアオギリは手を伸ばし、赤い髪の毛先にそっと触れた。マツブサの眠りが浅いときはこれだけでも起きてしまうのだが、今日の彼はもう少し深い眠りについているようだ。アオギリはその毛先を指先でくるくると弄ぶ。
そして唐突にその手を止めた。――お前の髪の色を、やれ血の色だの、やれ宝石の色だのと言う者は多かろう。花を連想する者もいるかもしれない。
だが、それがなんだというのだろう。
「お前の髪が赤かろうが黒かろうが、私にはどうでもいいことです」
たとえその髪が黒かったとしても、私はそれを美しいと思うでしょう。
面と向かってそう言ってやったら、果たしてこの男はどんな顔をするだろうか。――『まだ続いてたのか、その話』と、自分がふった話題のくせに面倒そうな顔をするに違いない。
きっとどうでもいい話