あつい男
ほのおタイプのポケモンを使うため、そしてなによりその髪色が赤いため勘違いされやすいが、あの男の手は案外冷たいのだ。
そのため事に及ぶ日は、あの男がいつもより少し長めに入浴することを私は知っている。普段は入浴後に服を着ることを嫌う男が、体を冷やさないためにきっちり着込んで風呂から上がってくることも知っている。……私の体に触れるとき、一度自分の手を握りこんで、冷たくないかどうかを確かめていることも知っている。
だから、している最中の彼の手が、普段では考えられないほど熱くなっていることに気付くとつい笑ってしまうのだ。私たちが夜を共にすることは多くないが、その都度そんな――呑んだくれの男に向けるべき言葉ではないのは重々承知だが――可愛らしい行動をされてしまっては、どうしたって笑いも込み上げてこようものだ。
「楽しそうじゃねえか」
やることをやったあとの、いうなればピロートークの時間。うつらうつらと夢と現の波間を漂っていた私の耳に、少し不機嫌そうな彼の声が届いた。頬をつつく彼の手を横に退けて、隣の男に目を向ければ案の定、声色と同じ顔をしている。
「余裕か? じゃあもう一回――」
「今日はもう終わりですからね」
「……ちぇっ」
そんな子供みたいに分かりやすく拗ねなくてもいいだろうに。『なんだよなんだよ』とぼやきながら、再びマツブサは私の頬をつつき始める。
「やめなさい」
「痛えの? 爪はちゃんと切ってるだろ」
「そういう話ではありません」
ほら離せ、嫌だもっとつつかせろ、などとそれこそ子供じみた攻防を何度か繰り返した結果、マツブサは渋々といった様子で手を引っ込めた。そして、彼はかわりだと言わんばかりに私に抱きついてくる。向かい合う私の肩に頭を乗せて、ぐりぐりと擦り付けてきた。痛くはないが、これだけ触れ合っているとやはり暑い。
「暑いです」
「冷たいよりマシだろー」
そう言って私の背中に回された手の指先は、先ほどよりも少しだけ冷たくなっていた。普段ならこれくらいの冷たさであればなんとも思わないのだが、如何せん今の私は、マツブサとすることをきっちりした後だ。まだ体の火照りはおさまっておらず、その温度差に意図せず体が震えてしまった。
マツブサが目敏くそれに気付いたようで、すっと手が離れていく。背後から何かを擦る音がしたので、おそらくは自分の手を擦り合わせて温めているのだろう。
「あー……まーた冷えてやがんなあ」
何でかねぇと、マツブサがため息を吐きながら呟いた。理由なんてもの、酒も含めた不摂生な生活のせいだと分かりきっているのだが、言ったところでこの男が聞くはずもないので黙っておく。かわりに、私も彼の肩に頭を乗せることにした。抗議の意味を込めて、ぐいぐいと彼の肩に額を押し付ける。
「お、どうしたよ」
「どうもしません、寒いのでもう寝ます」
「さっきは暑いっつってたくせに」
「あなたが冷たい手で私の背中を触るからです」
「あーはいはい、そういうことにしときましょーかね」
そう言いながら再び私の背中に触れた彼の手は、先ほどよりも温かかった。私の見えないところで懸命に手を擦っていたのだと思うと、やはりこの男、見た目に反して可愛いところがある。
「また笑ってやがる。なんだよ、オレなんかしてるか?」
「いいえ? なにも」
「嘘つけ、ぜってーなんか隠してんだろ。おら、言えこのやろ!」
「! やめなさい、冷たいでしょう!」
彼はもぞもぞと足を動かしたかと思うと、その両足の裏で私の右足のふくらはぎを思いきり挟んできた。彼の足の、まるで氷のような冷たさに思わず声が大きくなる。さてはこの男、お互いの体にかけているシーツから足を出していたのか。
「やめなさいっ、ちょっと、本当に冷たいんですが!」
「あ、お前の足あったけーな、もうちょっと触らせてくれ」
「人の話を聞け!」
空いている左足でマツブサの足を何度も蹴るが、彼もめげずに何度も私の足で暖をとろうとしてくる。最終的に、彼の足の冷たさに慣れてしまった私が諦めることになった。触れ合っているうちに彼の足が温まってきたため、そこまで冷たくなくなったからだ。
「もう……疲れたので寝ます」
ため息をつきながらそう言えば、マツブサは再びもぞもぞと体を動かし始めた。シーツの隙間から入ってくる冷たい空気が、そろそろ体に堪えてくる時間だ。
「おー、おやすみ」
そう言って、マツブサは私の頭を自分の腕の中に抱え込んだ。彼の手足は冷たいが、腕の中はまだ熱い。しっとりと汗ばんだ彼の肌が、つい数十分前まではもっと熱く、赤くなっていたことを思い出してしまった。
つられて熱をもってしまった自分の顔を隠すために、マツブサの胸に顔を押し付ける。……気付かれていないだろうか、いや、彼が小さく笑う声が上から聞こえてくるから、きっと気付かれているのだろう。
あつい男