あとは離れて
いくばかり

「昔の私は、もっと大きかったんだよ」

 海も大地も空もない、果てしなく広がる白の空間。
 その場所で、ゆっくりとその大きな鰭を動かし旋回しているポケモンが一匹。――名を、カイオーガという。

「超古代、と君たちは言うのだったかな。私たちからするとそこまで古い時代の話でもないのだが……その時代の大気には、宝珠よりも遥かに多い自然エネルギーがいくらでもあったからね。それを取り込んでいた私たちは、ゲンシカイキしたとき以上に大きかったのさ」

 今はもうあの大きさにはなれないけども、まあそれで困るでもなし。

「あとの仕事は眠り続けることだけだからねえ」

 そう言って、カイオーガは何もない空中を優雅に一回転してみせる。そして、まるでここは海だと言わんばかりにゆらゆらと両鰭を動かし、気持ちよさげにひと鳴きした。

「まあ合間の息抜きに、グラードンと遊ばせてはもらうけど。あちらがどう思っているかは分からないが、少なくとも私は楽しいよ」

 あとはこの戦いに、人類が介入してこなければなおのこと楽しいのだが。

「どうもそうはいかないようだから。……『生存圏を脅かされているのだからそれもやむなし』とも言いきれないんだよねえ、“彼ら”のような存在がいる限りは」

 深い深い海の底で眠りについていた二匹を、呼び起こした男たち。二匹の力を利用して、この世界に混乱と支配をもたらそうとした男たち。……二匹の力を制御できると考えていた、あるいは考えるまでもなく当然だと、己の力を信じていた、あの男たち。

「人間らしくて何よりだ。その傲慢こそが人間の証だよ、そういう意味では嫌いじゃない。……だが、ただの人間が私の力を利用しようとするなんて、数千年は早かったかな」

 ――こちらが力を貸すならまだしもね。
 愉しげに笑いながら、カイオーガは言葉を続ける。

「今の人類ではまあ、私たちを捕まえることはできないけども。……それでもこのままいけば、数千年後には私もモンスターボールとやらの中に収まってしまいそうだ」

 もっともそのときにはまた、君たちの武器は石と棍棒に逆戻りしているかもしれないが。

「恐ろしいねえ、人類の進歩は。……ついこの間まで、よちよち歩きの四足歩行だったのにね?」

 過去に思いを馳せるように、カイオーガは目を閉じる。――己の海から生まれた、彼らの原初の姿は今もなおこんなにも鮮明に、この脳裏に描けるというのに。進化の果てに彼らは、己が住まう楽園を、海ではなく大地に求めたのだ。

「最初にも言ったように、私の姿が元に戻ることはないよ」

 すっと目を開けて、カイオーガは緩やかにその顔を上げる。

「せいぜい、ゲンシカイキが関の山だ。それも、宝珠が何かを理由にこの世から消え去れば、二度と戻ることのできない姿だ」

 まあ戻ったところで、もう我々の役目は終わってるんだけどねえ。
 そう呟きながら眼下に立つ人間を一瞥したカイオーガは、その人間の口から発された言葉に首を傾げる。――なんだい、『それは何故なのか』、だって?

「君が、――君たちが、それを聞くのかい」

 カイオーガの声は、責め立てるようなものではなかった。
 忘れ物をした子供に呆れているような、そんな声でカイオーガは語る。
 海から大地へ、四足歩行から二足歩行へ。空いた両の手で道具を用い、火の力を手に入れたその存在はありとあらゆる大陸を闊歩し、ついにはすべての未開地を踏破した。そこから更に叡智を集め、山を切り開き海を埋め立てた。
 この動きは、なにも過去数百年のうちに始まったものではない。その片鱗ははるか昔から――数千年も前から始まっていた。

 急速に減少した自然エネルギー。カイオーガとグラードンの力をもってしても食い止められなかったその現象の、引き金となった、元凶は。


「“自然”が戻るといいのだけどね。……人類の手の届かない場所なんて、もうほとんどないからねえ」



あとは離れていくばかり