黄昏の空に
  君は居ない。

 仕草をなぞる、という行為は、対象となる人物を思い出すのに極めて有効だ。
 別に自分がそうする必要はない。見知らぬ誰かが偶然、その仕草をしていたという、それだけでも影響を受けることは避けられない。思い出すその人物が、大切な人であればあるほど。
 ――もう既に、亡くした人であればなおさら。

『兄上』

 血のように赤い夕焼けの中にいると、思い出すのはいつだって弟の、あの真っ直ぐな瞳だった。感傷に浸るなど自分らしくないと、理解はしていてもこの時間帯だけはどうも苦手で、誰にも会わずに自室のバルコニーに立ち尽くしてしまう。
 いつもそうなるわけではない。そんなことでは海賊団の船長など勤まるはずもない。今日は弟の命日で、そんな日にたまたま立ち寄った街の中で、弟にそっくりな煙草の吸い方をする男を見かけてしまっただけだ。ただそれだけのことだった。
 ただそれだけのことで、こうも揺らぐ己が許せなかった。
 『家族』はあいつらだけだと、言っておきながらこのザマだ。今なお実の家族の亡霊に縛られる姿を、まさか今の『家族』に見せられるはずもない。
 懐を探り、手に当たったそれらを取り出して、トンとひと叩き。出てきた白い一本の棒を加えて、火をつけたマッチを近付ける。くゆる煙を目で追えば、天上に近い空は先程よりも黒くなっていた。――もうすぐ黄昏時がくる。
 明かりなくしては相手の顔も窺えぬ、そんな暗闇がすぐそこまで近付いていた。そのくせ、立ち上る煙は暗闇の中でもよく映えることだろう。
 元々煙草は嗜まない。仕事で必要な際に吸うだけだ。ドフラミンゴの嗜好には合わなかった。
 ふとした瞬間に夕焼けの中に閉じ込められて、動けなくなるこの時間は、過去に何度かあった。決まって、弟のように煙草を吸う誰かがそこに居た。その度に弟の姿を真似て、同じように煙草を吸い、煙を一度、吐き出して捨てる。慣れたものだった。
 それも今日で終わりだと、ドフラミンゴは煙草を手から落とし、踵でそれを踏み消した。シャワーを浴びて、この臭いも早く消してしまおう。そしていつか、この記憶も消えてしまえばいい。ぼやけて霞んで、最初からそんなものはなかったのだと思い込むことができれば、きっと自分は救われるのだ。
 そんなことができないことくらい、ドフラミンゴは分かっていた。
 赤い太陽は沈んでいく。しかしまた必ず昇るのだ。忘れるなとでも言うように。
 煙が沁みてぼやける視界を閉ざしたとしても、赤はドフラミンゴを逃さない。

『あにうえ』

 届く声は幻だ。そうだろう、ロシー。
 コラソン。己の心臓。
 赤を纏うに相応しかった彼の、望んだ結末は訪れない。彼が守りたかったあの国は、この一年の間に己の手中に堕ちる。
 空は先程よりも少し暗くなり、時刻はもう、黄昏時だ。じきに暮色に包まれるだろう。

「……ロシナンテ」

 お前を思い出すのは、今日で最後だと。
 呟いて、ドフラミンゴは黄昏の空に背を向けた。己に必要なのは、夕焼けでも朝焼けでもない。ましてや黄昏でもない。

 人々を頭上高くから照らす、神の如き陽光だけなのだから。


黄昏の空に君は居ない。