ロマンチスト達の
ひととき

 クロコダイルに、サングラスを奪いとられたことがある。砂漠の国らしい、それはもう明るい部屋で。
 おれの目は光にひどく弱い。そんな部屋でサングラスを奪われてしまえば、結果は自明だ。
 おれの目は太陽の光に灼かれて、一時間ほど身動きがとれなかった。悲鳴をあげて反射的に瞳を閉じ、腕で目を覆って、その場に蹲った。反射神経というものにこれほど感謝したことはない、失明に至らなかったことが幸いだった。
 ちくしょう、殺してやる、とそのときは本気で思ったわけだが、おれの様子を見たクロコダイルの反応が、それはもう面白かったので――おれは許すことにしたのだ。
 気配でも分かる明らかな動揺。医者を呼べ、冷やしたタオルを持ってこいと叫ぶあいつの声。身動きがとれなかった一時間、ソファーに寝かされ濡れタオルを目に被せられていたおれの側を、クロコダイルは離れなかった。ひたすら無音、無言。それでも時折、そっとタオルの上からおれの目に触れるあいつの指は、労わるように優しかった。
 悪ィ、と消え入りそうな声で奴が言った。お前、そんな声出せんだなァ。

「サングラスの役割、砂漠の国の英雄が知らねェわけもないだろうに」
「……すまなかった」

 こいつがおれに対してこんなにも思いつめた声で謝ったのは、後にも先にもこの時だけだ。どんな顔でその台詞を吐いたのか見れなかったことが残念だが、もし顔が見える状況だったらクロコダイルがこんな態度をとるはずもない。針で刺されるような目の奥の痛みに苛まれながらも、おれはいつものスマイルを浮かべることをやめられなかった。
 自力で帰れるようになったときには、もうクロコダイルはいつもの無愛想な顔だった。

「次の――」
「ん?」
「次の、機会はあるか、ドフラミンゴ」

 ここで首のひとつでも傾げて揶揄ってもよかったが、クロコダイルにしては本当に珍しく感情を吐露しているようなので、いつも通りの笑顔をひとつ、くれてやった。

「……まァ、お前にどうかされるおれでもねェしな? いいぜ。お前がおれを見てくれんなら、目を見せるくらいわけねェよ」

 分かりやすい挑発に青筋を立てたクロコダイルを見て、どうしようもなく口角が上がる。――そうだ、もっと、おれを見てくれ。


***


 そうして、何回か予定の合う日に二人で会った。しかし月が明るすぎたり、逆に月明かりがなかったり。ちょうどいい塩梅の日はなかなか訪れなかった。
 そして、ようやくその日が来た。
 部屋にあるほとんどの遮光カーテンは閉めきられている。一つだけ、白いレースのカーテンだけが閉められている窓がある。外は夜、少し曇っていて月の光もいつもより淡い。
 つまり今日という日は、クロコダイルにとってもおれにとっても絶好のチャンスというやつだった。

「濡れタオルは机の上にある」

 いい歳した大人二人が、窓際に置かれた机を挟んで座っている。硬い表情をしたクロコダイルの顔が月の光で浮かび上がっていた。そんな顔をしてまで、慣れない優しさを発揮してまで、お前はおれの目を見たいのかと、そう問いかければ。

「あのとき」
「ア?」
「あの一瞬に、見えた色をもう一度見てェ。……悪いか」

 そう言って、クロコダイルはじっと俺を見つめてきた。そこに何かしらの熱がこめられていることに、気付かないほど馬鹿じゃない。

「フッフッフ。……仕方ねェな」

 何度だって言おう。
 その目でおれを見てくれるなら、おれはおれの弱点を晒すこともやぶさかではないのだ。
 サングラスを外し、そっと目を開く。いくら曇り空とはいっても、金属の窓に反射した光はおれの目には辛い。しばらく暗い部屋の中に視線をさまよわせ、徐々に目を慣らしていく。ゆっくりゆっくり、視線を部屋の暗がりから、レースのカーテンが靡く窓へとずらしていく。視界の端にクロコダイルが現れた、あともう少し。

「どうだよ、クロコダイル」

 そして、奴の目を見つめ返した。ぱちぱちと数度瞬きを繰り返したクロコダイルは、忘我の境地にいるようだ。食い入るようにおれの目を見つめ、そっとおれの顔に手を伸ばしてきた。
 その手がおれを傷付けようとするものでないと分かっているから、おれも避けなかった。ぽつり、クロコダイルが呟く。

「――アメジスト」
「……フッフッフッフッ! ロマンチストだなァ、クロコダイル」

 呟かれた言葉に、一瞬喉を詰まらせたおれは、それでもいつも通り笑うことを心がけた。――おれは、おれの目が嫌いだった。
 幼い頃からサングラスをかけていたおれの世界はいつも暗くて、だから今は、こんな派手な色をしたサングラスをしているのだ。好んで世界の色を失いたいやつなんていないだろう。
 この目でさえなければと、思ったことは数えきれない。サングラスを無くして身動きがとれないときにボコボコにされたことだってある。
 だがこの目がなければ、クロコダイルはおれを見ちゃくれなかったんだろう。いい歳した男二人が暗い部屋の中で見つめ合っているこの状況のおかしさに、クロコダイルはまだ気付けていないらしい。おれの目は、よほどこの男のお眼鏡にかなったようだ。

「ご感想のほどは?」
「……抉りたいくらいだ」
「そりゃあ結構!」

 熱烈な愛の言葉にキスでも返したやりたかったが、それをすればもれなくこの空気も瓦解する。もうちょっと、そう、ロマンチスト風にいうなら、月の光に酔いたいのだ。今だけの魔法とやらに惑わされたっていいだろう。

「な、わにやろ。おれの目、いる?」
「……血が通わねェと腐るだけだろうが。きっちり保管してろ」
「あ、おれホルマリン扱い?」

 んじゃ今度からは、これまで以上に大事に扱わないとなァ、と。おれはサングラスを新調することに決めた。
 全てはこの男の視界に入るためだと、コイツはきっと気付きやしないのだ。


ロマンチスト達のひととき