男の背負う象徴は
ふとした拍子にスパンダムの目は覚めた。ルッチに抱かれた日は、朝になるまで泥のように眠るのに、何故だか目が覚めてしまった。あの男との行為に、体が慣れてきたのだろうか。――慣れてたまるか、こんな屈辱。
いつか絶対に蹴落としてやる。ギリギリと奥歯を噛み締めながら、スパンダムは隣で眠る裸体に目をやった。どうせ憎たらしい顔で眠っているに違いないと。
そしてスパンダムは息を呑んだ。――目の前にある傷跡。世界政府の旗を背負うかのように刻まれたその傷跡が、今、スパンダムの目の前にある。
まるでルッチに牙を剥かんとするスパンダムを戒めるように、そこにある。あァ、だからこの男に抱かれるのは嫌なのだ。
この男に抱かれる度に、その背中の傷跡を目にする度に、下剋上を成し遂げようとするスパンダムの気が削がれる。世界政府に逆らうのかと問われている気がする。答えはノーだ、スパンダムは世界政府を裏切るつもりも世界政府に逆らうつもりもない。だが、そうだこの男が悪いのだ。
背中に世界政府の象徴を背負うこの男が、あろうことか上司になり、あまつさえ抱いてくる。これが悪夢以外のなんだというのだ。
そしてなにより恐ろしい。男が背中に背負うこの正義が、いつ己に牙を剥くか分からないこの現状が。
政府が命じれば、ルッチはいとも容易くスパンダムの息の根を止めるだろう。昔は良かった、などと老害じみたことを言いたくはないが、それでも思ってしまう。昔は良かった、昔は地位と権力が自身を守ってくれた。世界政府からさえも。
しかし今は違う。今はその後ろ盾も脆くなってしまった。崩れ落ちるのも時間の問題なのかもしれない。
そしてそのときこそ、目の前にあるこの『正義』は牙を剥くのだろう。それが恐ろしくてたまらなかった。
スパンダムは恐怖の象徴と化したそれを視界から弾き出すべく身動ぎをする。しかし酷使された体は言うことを聞かない。あまり動くとルッチが目を覚ましかねないので、スパンダムは諦めて目を閉じようとした、そのときだった。
「この傷跡がそんなにお好みか?」
――あァ、そりゃそうか。この男が、背後で身動ぎする気配に起きないはずもなかった。
いや、この発言からしてスパンダムの目が覚めたときにルッチも目を覚ましていたのかもしれない。どうもスパンダムの視線に気付いていたようだから。
「そんなに好きなら、お前にも刻んでやろうか」
振り返り、ルッチはスパンダムの体に腕を回してその背中に人差し指をとんと宛てがった。からかうようにその指でスパンダムの背中を撫でる。時々、とんとんとスパンダムの背中を指でノックするのは“指銃”の真似事だろう。もし傷跡を刻んでくれと言ったなら、この指で速やかに執行されるに違いない。上がる彼の口角の、なんと憎らしいことか。
「ははは……おれには荷が重いですよ、ダンナ〜……あんたほどの男じゃないと、この重さには耐えられやしません」
憎らしいと、思えどもそれを表情に出すことはせず、スパンダムはへらりと笑う。ただ風に翻る無機質な旗でさえあの『重さ』なのだ。それを背中に刻み込むことがどれほどのことか、分からないはずもない。
ルッチはしばらくの間スパンダムの背中を撫でさすっていた。だが、スパンダムがそれ以上何も言わないことがつまらなかったのだろう。ふんと鼻を鳴らし、再びスパンダムに背を向けた。
「寝ろ。明日も早い」
「はい、ダンナ」
そう思うならそんな日の前日に抱いてくれるなと、言ったところで総監殿は聞いてなどくれないのだ。
仰向けに横になるスパンダムの視界の端に、正義の象徴が映り込む。――それを背負いながらスパンダムを抱くこの男を、正義はなんとするのだろう。
男の背負う象徴は