何事も
適材適所である。

「お前も潜入組だ、ルッチ」

 エニエス・ロビーにある長官室。そこにある大きな椅子に座り、書類にサインをしながらなんでもないように紡がれたスパンダムの言葉に、ルッチは僅かに動揺した。おくびにも顔には出さないが、後ろ手に組んでいた両の手をほんの少し握りこんでしまう程度には動揺した。――おれが潜入組? 手薄になる長官の護衛ではなく……?

「……恐れながら、長官。私は今回の潜入捜査に限っては適任ではないと思うのですが……」
「おう、そうだな」
「……」
「愛想笑いのひとつもできねェしなァ」
「…………」
「執事とか? 兵士とか? そういう役職なら完璧だろうが、大工ってのはなァ……」

 スパンダムは、ルッチが大工として潜入することに向かない理由を次々に列挙していく。そのどれもがルッチ自身も認めている致命的な欠点だったので彼は何も言わずにその言葉を聞き流すことにした。返す言葉を持たなかったとも言える。大工職という“顔”は、これまでの潜入調査とは明らかに異なる分野だった。
 一通り列挙し終えたスパンダムは、一人うんうんと頷いた。

「改めてお前、大工に向かねェな?」
「仰る通りです。……では何故、そんな私がウォーターセブンに潜入を?」

 ルッチが今回の潜入捜査に適さない理由をこれでもかと言い並べたにもかかわらず、スパンダムはルッチをウォーターセブンに潜入させようと考えている。スパンダムはドジの多い男だが、なにもまったく仕事ができないわけではない。彼が立てる作戦も、多少の無茶はあれどもCP9であれば実現可能なものである。作戦に参加する人員決めも彼の仕事であり、そしてそれを見誤ったことはほとんどなかった。
 だからこそルッチは疑問に思う。――そこまで分かっていながら、何故おれを潜入させようとする?



 ガレーラカンパニー。世界政府御用達の造船会社。その社長から古代兵器・プルトンの設計図を奪うこと。そのために船大工として何名か潜入する。そこまではいい。
 だが、ルッチの性格はおおよそ職人向きではない。職人向きどころか一般人向きではない。これならジャブラを入れた方がいいのではないか、とルッチは考えていた。あれはなんだかんだいって面倒見がいいから、あの陽気な集団の中に溶け込むこともできよう。少なくともルッチよりはできる。
 そしてルッチがそう考えているということは、スパンダムとて同じことを考えたはずである。先に言った通り、彼の人員決めに誤りはほとんどない。……たまに別の作戦の指令書と取り違えて配置指示を出すことがあるが、これはルッチたちの方でも訂正できるので、まあ問題はない。



 とにかく、ロブ・ルッチという男が今回の潜入捜査には向かないということは目に見えていた。なにより、長期となることが予想されるこの任務中、おそらく彼は余程のことがないかぎり『闇の正義』を行使することができない。世界政府のために命を賭して戦う彼にとって、それがどれほどストレスの溜まる話なのか、想像に難くなかった。
 それでもスパンダムはこう答える。

「必要なことだからだ。……言いたかねェが、おれの護衛を減らしてでも成し遂げなきゃならない任務なんだ、これは」

 手に持った万年筆をくるりと回し、スパンダムは言う。

「今回の任務がこれまでと同じものと思うなよ、ルッチ」

 ふう、と一息ついて、スパンダムは椅子の背もたれに体を預け――ようとして頭を思いきり強打した。
 普段から座り慣れているはずの椅子で何故怪我をするのか、というのはCP9七不思議のひとつである。七つ全てが『長官がドジだから』という理由で完結する話だが。なんなら七つですらなく、もっとあるのだが。
 痛ェ痛ェと喚きながら、スパンダムは頭をさする。ルッチはなんの指示もされていないので心配する素振りも冷やすための氷を持ってくることもせずにそのままそこに立ち続け、スパンダムの言葉を待った。

「ちったァ心配したらどうだよ」
「ご命令とあらば」
「…………ちなみにおれが命令したら、お前どうやって心配してくれるんだ?」
「氷を持ってきます」
「……あ、結構真っ当に対応してくれんのな――って命令しなくても持ってこいよ!」

 そう喚いたところで、スパンダムは話を断ち切るように首を横に振った。――違う違う、そうじゃねェ。

「五老星から一任された任務だ。これが成功した暁には、世界政府は大海賊時代を終わらせるに足る最強の力を手に入れることができる。それがどれほどの偉業なのか、分からねェ奴は政府に居ねェだろう。……言いたいことは分かるよな?」
「失敗は許されない」
「あァ、そうだ。――絶対に、許されない」

 許されねェんだよ、ルッチ。重ねてそう呟いたスパンダムの声は、いつもよりずっと低かった。

「いつ終わるともしれねェこの任務に、失敗は許されない。潜入組が持ち帰る結果はただひとつ、『任務完遂』、それだけだ。それ以外の結果を持ち帰ったときにはお前も死ぬと思え。――だが」

 万年筆の鋭いペン先が、ルッチへと向けられる。

「お前は、お前たちはおれの武器だ、兵器だ。それも最高のな。おれだって世界政府だって、易々と殺したくはねェ。だからお前を潜入させる。――なァ、ルッチ」
「はい」

 スパンダムはにやりと笑い、相も変わらず無表情なその男に問いかける。CP9を知る者であれば、誰もが答えを知っている問いかけを。

「お前が担った任務のなかで、失敗したものは?」
「ありません」
「あァ、そうさ。ロブ・ルッチ。CP9史上最強の男。我らが有する【殺戮兵器】。お前に『失敗』の二文字は無ェ。――期待してるぜ」

 ――かくして、作戦は決定された。


何事も適材適所である。